高3チームの解散会で、優雅に東京湾を船旅。…ああ、もちろん会費制ですw
船に乗ると誰でもやるのね、映画「タイタニック」例のやつwww
点が線になり、線が面になる。
ABの直線、ABCの三角形、ABCDの四角形……
組織というものは、そうして発展していくのではないかと思う。
同じ学年で居たスタッフたちが解散し、新たな学年に新たな場所で働く。
今までうまくいったこと、うまくいかなかったことを蓄え、それぞれの部署で実力を発揮していく。
このスタッフと共に在ったことは、とても幸せであった。
今後もずっといれば、それはそれで楽しい日々になるだろう。
しかし。
自身や自身の周辺だけの安穏を求めて過ごすのは、組織人として正しい在りようではあるまい。
だから、解散をしていく。
東京湾から見えるビルの谷間に、真っ赤な夕日が沈んでいく。
短い夜が来て、それが明けたら。
また新しく、春の祭典が始まる。
船に乗ると誰でもやるのね、映画「タイタニック」例のやつwww
点が線になり、線が面になる。
ABの直線、ABCの三角形、ABCDの四角形……
組織というものは、そうして発展していくのではないかと思う。
同じ学年で居たスタッフたちが解散し、新たな学年に新たな場所で働く。
今までうまくいったこと、うまくいかなかったことを蓄え、それぞれの部署で実力を発揮していく。
このスタッフと共に在ったことは、とても幸せであった。
今後もずっといれば、それはそれで楽しい日々になるだろう。
しかし。
自身や自身の周辺だけの安穏を求めて過ごすのは、組織人として正しい在りようではあるまい。
だから、解散をしていく。
東京湾から見えるビルの谷間に、真っ赤な夕日が沈んでいく。
短い夜が来て、それが明けたら。
また新しく、春の祭典が始まる。
時は移り変わりゆく。
2009年3月7日 お仕事 新年度生説明会・役員。
ごく当たり前に。
この6年間で見知ってきた顔はこの会の中には居ない。
卒業生の保存書類も、式2日後に既にまとめ終わった。
これからは若干の進路を確認する以外の仕事は、無い。
もはや一生会うことのない者も、それなりにいるはずだ。
これは感傷ではなくて、ただ単に事実を指摘しただけである。
ごく当たり前に。
この6年間で見知ってきた顔はこの会の中には居ない。
卒業生の保存書類も、式2日後に既にまとめ終わった。
これからは若干の進路を確認する以外の仕事は、無い。
もはや一生会うことのない者も、それなりにいるはずだ。
これは感傷ではなくて、ただ単に事実を指摘しただけである。
代悲白頭翁 劉廷芝あまり脈絡もなく、ふと思った。
洛陽城東桃李花 飛來飛去落誰家
洛陽女兒惜顔色 行逢落花長歎息
今年花落顔色改 明年花開復誰在
已見松柏摧爲薪 更聞桑田變成海
古人無復洛城東 今人還對落花風
年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
寄言全盛紅顔子 應憐半死白頭翁
此翁白頭眞可憐 伊昔紅顔美少年
公子王孫芳樹下 淸歌妙舞落花前
光祿池臺開錦繡 將軍樓閣畫神仙
一朝臥病無相識 三春行樂在誰邊
宛轉蛾眉能幾時 須臾鶴髪亂如絲
但看古來歌舞地 惟有黄昏鳥雀悲
キョゲンショウ=ウソツキ。
2009年2月18日 お仕事 コメント (1) 発熱がそれなりにあり、職場で風邪を流行させるのもあまり本意ではなかったので休んだ。
昼間ずっと寝て、夕方に念のため通院して、また夜も寝て、万全になった。
昼間ずっと寝て、夕方に念のため通院して、また夜も寝て、万全になった。
あっという間に5月だな、というのが率直な実感だ。
なにを言おうと、なにを言うまいと、もうすぐ仕事に一区切りがついてしまう。
教壇に立って淡々と授業をしていても。
放課後に講座をしていても。
休み時間に早弁をしているのを見ても。
やくたいもない質問をしに来ても。
廊下で見かけて軽くあいさつをしても。
教室でのんびりくつろいでいるのを見かけても。
近寄るとちらっとイヤそうにするのを見てさえも。
ともかく楽しい。
いや、怒ったりへこんだり困ったりするのだが、それはごく瞬間的で、通り雨のようにそういう気持ちが過ぎてゆくと、最後に「楽しい」が残っている。
我が子が何をしているのを見ていてもかわいくて仕方がないぐらい、どの生徒も大事に思ってしまう。
実際のところはわからないが、おそらく余命わずかな者が抱く心境に相似しているのではないかという気がする。
5月。
6月。
7・8月。
9月。
10月。
11月。
12月。
授業は、あと7ヶ月。
この生徒たちとの長い学校生活も、余命7ヶ月。
なんだか、新緑がまぶしい。
なにを言おうと、なにを言うまいと、もうすぐ仕事に一区切りがついてしまう。
教壇に立って淡々と授業をしていても。
放課後に講座をしていても。
休み時間に早弁をしているのを見ても。
やくたいもない質問をしに来ても。
廊下で見かけて軽くあいさつをしても。
教室でのんびりくつろいでいるのを見かけても。
近寄るとちらっとイヤそうにするのを見てさえも。
ともかく楽しい。
いや、怒ったりへこんだり困ったりするのだが、それはごく瞬間的で、通り雨のようにそういう気持ちが過ぎてゆくと、最後に「楽しい」が残っている。
我が子が何をしているのを見ていてもかわいくて仕方がないぐらい、どの生徒も大事に思ってしまう。
実際のところはわからないが、おそらく余命わずかな者が抱く心境に相似しているのではないかという気がする。
5月。
6月。
7・8月。
9月。
10月。
11月。
12月。
授業は、あと7ヶ月。
この生徒たちとの長い学校生活も、余命7ヶ月。
なんだか、新緑がまぶしい。
「良かれと思って行ったことが良くなかった」としたら、その行為には意味が無いのではないか。
ならば。
わたしのやってきたことには、意味が無いというわけだ。
そんな仕事、やめた方がましなのではないか。
ならば。
わたしのやってきたことには、意味が無いというわけだ。
そんな仕事、やめた方がましなのではないか。
試験の後。まだつづく。
2007年9月17日 お仕事 コメント (1) 昨日で採点を終えて、提出物を点検して、平常点を決めて、全部まとめてPCに入力。
…今日もなぜか仕事をしていて、配布用模範解答の作成。
文化祭期間に必要な書類提出など。
結局、休日の全部を学校に来て仕事をしてしまった。
それでも。
イヤだな、という気持ちもない。
授業を離れて、生徒の様子を見ながら、「ひと」について考えることができるからである。
今の日本に限って言えば、以下のように表現できる気がする。
誰であろうが、「好きなこと」「楽なこと」なんか熱心にできる。
社会の中で関係を持続させつつ「ひと」として生きていく時、その真価は「漠然とやるべきことがあった時に、どういう身の処し方をするか」に表れる。
ごくごく平たく言えば。
面倒なことがある時に、どういう行動をするかを観察していれば、その人間の価値がわかる、ということだ。
逃げ出すか。
形だけやったふりをするか。
愚痴を言って終わるか。
ふみとどまるか。
自分でその場を作り上げていくか。
そして、そのすべては自分の身に付く器量の大きさとなって返ってくる。
老若男女のいずれであれ、こういうことなのだろう。
…今日もなぜか仕事をしていて、配布用模範解答の作成。
文化祭期間に必要な書類提出など。
結局、休日の全部を学校に来て仕事をしてしまった。
それでも。
イヤだな、という気持ちもない。
授業を離れて、生徒の様子を見ながら、「ひと」について考えることができるからである。
今の日本に限って言えば、以下のように表現できる気がする。
誰であろうが、「好きなこと」「楽なこと」なんか熱心にできる。
社会の中で関係を持続させつつ「ひと」として生きていく時、その真価は「漠然とやるべきことがあった時に、どういう身の処し方をするか」に表れる。
ごくごく平たく言えば。
面倒なことがある時に、どういう行動をするかを観察していれば、その人間の価値がわかる、ということだ。
逃げ出すか。
形だけやったふりをするか。
愚痴を言って終わるか。
ふみとどまるか。
自分でその場を作り上げていくか。
そして、そのすべては自分の身に付く器量の大きさとなって返ってくる。
老若男女のいずれであれ、こういうことなのだろう。
今日の午前中は外部団体の模試会場になっているにもかかわらず、うちのクラスは午後から文化祭準備。
なんか感動する。
全員が準備しているわけではない。
むしろ来ている生徒は少ない。
それでもクラス総体としての準備が進んでいくという、その事実がすごい。
準備を進める者たちの、責任感と言うべきか、根性と言うべきか。
いっしょに役割を果たそうとする者が少ないという現状に、不本意であることは間違いない。
それでもなお課せられたものを投げない。
これは。
各界の最前線で活躍する者たちが、共通に持ち合わせている資質ではないだろうか。
自分の居るこの校舎から。
社会で縦横に活躍する可能性を見つけるのは、殊の外たのもしい。
なんか感動する。
全員が準備しているわけではない。
むしろ来ている生徒は少ない。
それでもクラス総体としての準備が進んでいくという、その事実がすごい。
準備を進める者たちの、責任感と言うべきか、根性と言うべきか。
いっしょに役割を果たそうとする者が少ないという現状に、不本意であることは間違いない。
それでもなお課せられたものを投げない。
これは。
各界の最前線で活躍する者たちが、共通に持ち合わせている資質ではないだろうか。
自分の居るこの校舎から。
社会で縦横に活躍する可能性を見つけるのは、殊の外たのもしい。
昨日までで古典2クラスの採点終了。
今日は13:00に生徒たちが集まって文化祭準備をするというので、時々顔を出しながら採点続き。
現代文1クラス終了、もう1クラスの半分。
今日は13:00に生徒たちが集まって文化祭準備をするというので、時々顔を出しながら採点続き。
現代文1クラス終了、もう1クラスの半分。
「印刷室開いてないし、他の先生いないんですよー」って生徒からメールをもらった。
そりゃ、お盆だしなぁ。
部活の指導とかがなければ、先生だって来なかろう。
予定ではもうひとりの顧問の先生が来ているらしいのだが、連絡がつかないらしい。
印刷程度の作業で待ち続けるのもアレだろうから、Tシャツとスラックスとサンダルというラフな格好で学校に行く。
んで、印刷しているのは「顧問会」の資料。
生徒と顧問たちとで会議をして、企画を検討する会の資料である。
えらいなー。
夏休みでも進めていたんだー。
ちょっと感心しながら、聞いてみた。
「これの顧問会、いつ?」
「今日です」
「……」
……感心したの、撤回かな。
わたしの記憶が確かならば、ソレ聞いてないと思う。
えー。
えー。
えー。
自分はそんなに器量の大きい人間じゃないから、またかよー、ってどうしても思ってしまう。
今年ももう1年の3分の2になろうとしているが。
こういうことも、これが始めてでもない。
特に大きいのは。
知らないうちに宿泊研修の担当になっていた。…知ったのは当日。
顧問会で企画の検討がなく行事が開始して、「おーい」と心の中で叫ぶ事態に。…それでもトラブルの責任は顧問。
小さいのは、駅の構内の待ち合わせで50分ぬぼーっと待ったとか、やめとけばーといちおう言ってもナチュラル無視ですぐに役員から叱られたとか、まぁなんだかなと思う事態はけっこうある。
全部、状況も相手も違うから、何とも言いようがない。
で、折り合いを見つけて何とかしてきた。
それは、自分自身の修行のため、というのも、まぁある。自分が向上するためには自分から動いていくしかなくて、トラブルを避けたいのならば世の中から遁走すればいいだけなのである。
…ただ、そういう行動をして正解なのかもよくわかっていない。
できないことは、受けない。
おかしいと思ったことは、やらない。
これがベストなのだろうけれど、そういう区切りがよくできない。
自分でも感じているが、そういうバランス感覚がないんだよなー。
今日の場合は。
10:00過ぎにはただの印刷で30分程度だと思って出かけて、帰宅したら18:00前。
ふーむ。
こういうときも仕事をしたと認めてくれるといいんだけどなー。
そりゃ、お盆だしなぁ。
部活の指導とかがなければ、先生だって来なかろう。
予定ではもうひとりの顧問の先生が来ているらしいのだが、連絡がつかないらしい。
印刷程度の作業で待ち続けるのもアレだろうから、Tシャツとスラックスとサンダルというラフな格好で学校に行く。
んで、印刷しているのは「顧問会」の資料。
生徒と顧問たちとで会議をして、企画を検討する会の資料である。
えらいなー。
夏休みでも進めていたんだー。
ちょっと感心しながら、聞いてみた。
「これの顧問会、いつ?」
「今日です」
「……」
……感心したの、撤回かな。
わたしの記憶が確かならば、ソレ聞いてないと思う。
えー。
えー。
えー。
自分はそんなに器量の大きい人間じゃないから、またかよー、ってどうしても思ってしまう。
今年ももう1年の3分の2になろうとしているが。
こういうことも、これが始めてでもない。
特に大きいのは。
知らないうちに宿泊研修の担当になっていた。…知ったのは当日。
顧問会で企画の検討がなく行事が開始して、「おーい」と心の中で叫ぶ事態に。…それでもトラブルの責任は顧問。
小さいのは、駅の構内の待ち合わせで50分ぬぼーっと待ったとか、やめとけばーといちおう言ってもナチュラル無視ですぐに役員から叱られたとか、まぁなんだかなと思う事態はけっこうある。
全部、状況も相手も違うから、何とも言いようがない。
で、折り合いを見つけて何とかしてきた。
それは、自分自身の修行のため、というのも、まぁある。自分が向上するためには自分から動いていくしかなくて、トラブルを避けたいのならば世の中から遁走すればいいだけなのである。
…ただ、そういう行動をして正解なのかもよくわかっていない。
できないことは、受けない。
おかしいと思ったことは、やらない。
これがベストなのだろうけれど、そういう区切りがよくできない。
自分でも感じているが、そういうバランス感覚がないんだよなー。
今日の場合は。
10:00過ぎにはただの印刷で30分程度だと思って出かけて、帰宅したら18:00前。
ふーむ。
こういうときも仕事をしたと認めてくれるといいんだけどなー。
朝の会と帰りの会・出欠席もそこそこに土曜講座90分×2。
よいぞよいぞ。
副担任の先生のところに教育実習生が来ているので、お願いしてしまう。ごく一部の実習生にいる「就職活動もしちゃいますよ」なんていう不届き者とは遠く隔たった、まじめな人なので有り難い。
よいぞよいぞ。
(そのうち記事にするだろうけれども)学級委員長もクラスのことを考えてよく動いている。
よいぞよいぞ。
まぁおしゃべりは好きだけれども、総体としては動きの悪くない、うちのクラスの生徒。明日が外部団体の試験会場なのだが、掃除も私物の片付けも順調。
たとえば。
「トイレットペーパーを必ず足しておいてね」と言ったのだが、管理場所である保健室が開いていなかったらしい。それでもバックレることなく、「どうしたらいいですか」と指示を仰ぎに来るところがけなげだ。「中学の保健室に聞きに行くか、職員室の先生に話して保健室開けてもらってきて」と言った。「えー」と言いつつも、すぐそのようにしに行った。えらい。
よいぞよいぞ。
今日はふたりの先生の講座に学ばせてもらう。
90分が2回。
本来、予備校の講師は「学ぶ意欲のある生徒だけ」を引っ張っていくのではないかと思われる。
したがって、やる気の無い生徒に目をかける義理は、実際のところ全く無い。
それが予備校と学校との違いであると思っているのだが、高2古典を担当してくださっている講師の方おふたりとも、生徒たちを分け隔てなく、よく面倒を見てくださっている。
「古文の楽しみを知ってほしい」
「早慶上智・MARCHを目指す古文を教えてあげるよ」
と、熱意を持って生徒たちに声をかけてくださっている。
本当に有り難い。
生徒たちも当然、中間試験が終わった次の日に登校して土曜講座という強行軍的な日程に疲れを感じないわけでもなかろう。それでも、よく講座に参加して学習している。
本当にえらい。
この流れを、さらに滔々と、悠々と、豊かにしていくために。
おれもさらに力を尽くさないとな、と痛感する。
180分。
生徒たちの最後列で講座を受け。
この教材をこの講師はこのように授業するのかと思い。
これから自分が行う授業について考えを巡らし。
学習事項がどうすればより理解しやすくなるか再考する。
自分に、初めから教壇に立つ才能があれば悩むことはないわけだが、今更それを嘆いても意味は無かろう。
どれだけ歩幅が小さくても。
前進は、前進だ。
そう思うことができる、わたしにとって大切な土曜日である。
よいぞよいぞ。
副担任の先生のところに教育実習生が来ているので、お願いしてしまう。ごく一部の実習生にいる「就職活動もしちゃいますよ」なんていう不届き者とは遠く隔たった、まじめな人なので有り難い。
よいぞよいぞ。
(そのうち記事にするだろうけれども)学級委員長もクラスのことを考えてよく動いている。
よいぞよいぞ。
まぁおしゃべりは好きだけれども、総体としては動きの悪くない、うちのクラスの生徒。明日が外部団体の試験会場なのだが、掃除も私物の片付けも順調。
たとえば。
「トイレットペーパーを必ず足しておいてね」と言ったのだが、管理場所である保健室が開いていなかったらしい。それでもバックレることなく、「どうしたらいいですか」と指示を仰ぎに来るところがけなげだ。「中学の保健室に聞きに行くか、職員室の先生に話して保健室開けてもらってきて」と言った。「えー」と言いつつも、すぐそのようにしに行った。えらい。
よいぞよいぞ。
今日はふたりの先生の講座に学ばせてもらう。
90分が2回。
本来、予備校の講師は「学ぶ意欲のある生徒だけ」を引っ張っていくのではないかと思われる。
したがって、やる気の無い生徒に目をかける義理は、実際のところ全く無い。
それが予備校と学校との違いであると思っているのだが、高2古典を担当してくださっている講師の方おふたりとも、生徒たちを分け隔てなく、よく面倒を見てくださっている。
「古文の楽しみを知ってほしい」
「早慶上智・MARCHを目指す古文を教えてあげるよ」
と、熱意を持って生徒たちに声をかけてくださっている。
本当に有り難い。
生徒たちも当然、中間試験が終わった次の日に登校して土曜講座という強行軍的な日程に疲れを感じないわけでもなかろう。それでも、よく講座に参加して学習している。
本当にえらい。
この流れを、さらに滔々と、悠々と、豊かにしていくために。
おれもさらに力を尽くさないとな、と痛感する。
180分。
生徒たちの最後列で講座を受け。
この教材をこの講師はこのように授業するのかと思い。
これから自分が行う授業について考えを巡らし。
学習事項がどうすればより理解しやすくなるか再考する。
自分に、初めから教壇に立つ才能があれば悩むことはないわけだが、今更それを嘆いても意味は無かろう。
どれだけ歩幅が小さくても。
前進は、前進だ。
そう思うことができる、わたしにとって大切な土曜日である。
中間試験3日目。
古典。当然のごとく採点終了。当然のごとく成績入力。
ひさびさに日が高いうちに帰宅する。
貞観政要と枕草子の解説本を読みながら昼寝。
リラックマおやじw
悠々自適のしあわせ、なのかなぁ。
週に3日くらいこんな生活ができたら楽だろうなぁ。
ごろごろ寝たり起きたりしながら、仕事の流れについてぼんやりと考える。
5月末の模試、今回の中間。ついてくる気持ちのある生徒が得をするように、勉強していて最大限の効率が上がることを目標に、見えたり見えなかったりさまざまなことを仕掛けてきたつもりである。自分の担当外も含めて学年全体の結果が出てから、仕事の流れの修正をしていかなければならないだろうとは思っている。
結局のところ生徒が勉強しなかったり保護者の協力がなかったりすれば一介の教員が何をやっても無駄なのではあるが、まあ、できる限りのことはしておきたいところである。
古典。当然のごとく採点終了。当然のごとく成績入力。
ひさびさに日が高いうちに帰宅する。
貞観政要と枕草子の解説本を読みながら昼寝。
リラックマおやじw
悠々自適のしあわせ、なのかなぁ。
週に3日くらいこんな生活ができたら楽だろうなぁ。
ごろごろ寝たり起きたりしながら、仕事の流れについてぼんやりと考える。
5月末の模試、今回の中間。ついてくる気持ちのある生徒が得をするように、勉強していて最大限の効率が上がることを目標に、見えたり見えなかったりさまざまなことを仕掛けてきたつもりである。自分の担当外も含めて学年全体の結果が出てから、仕事の流れの修正をしていかなければならないだろうとは思っている。
結局のところ生徒が勉強しなかったり保護者の協力がなかったりすれば一介の教員が何をやっても無駄なのではあるが、まあ、できる限りのことはしておきたいところである。
IEのエラーで書いた内容が無くなる。うーむ。
中間試験1日目。
採点終わり。
平常点も成績入力終わり。提出してくる者がいれば訂正。いなければそのまま。最大で20点の差が付く。斬新。ごく荒く言うと、出すモノ出していれば、70点取った者が50点に、50点取った者が70点になる。
「今できることをできるだけやってしまう」というのはなかなかイイモノだ。
中間試験1日目。
採点終わり。
平常点も成績入力終わり。提出してくる者がいれば訂正。いなければそのまま。最大で20点の差が付く。斬新。ごく荒く言うと、出すモノ出していれば、70点取った者が50点に、50点取った者が70点になる。
「今できることをできるだけやってしまう」というのはなかなかイイモノだ。
……土曜講座で勉強できんかった。泣ける。
今日は学年ごとに違う行事がある日になっていたので、前回とは違う教室で講座が行われ、その結果、朝の会で指示をしなければいけなくなったこと。
昨日の球技大会の影響のようでいてそんなこともない遅刻人がそれなりに居たこと。
指示とかを終えて一段落したら、当然ながら、後から教室に入って講座を受ける時間なんかではなくなっているわけで。
…怒るよ?
せきね(仮名)さんは、ね。
そう切り出された言葉を思い出すと、なおのこと凹む。
「一生懸命」や「熱心さ」を免罪符にして、現実から目を逸らしては意味がない。
「一生懸命」にやるべきことは当然のごとく多いけれども、けれども場合によってはそうしない方が良い時もある。
それは善意からの意見であるのにもかかわらず、とても不快であったことも思い返す。
今日のことから具体例を出すと、おそらく次のようになる。
ひとつめ。学校の教員は、平凡に授業を進めることができれば、それで良い。したがって、他の教員の仕事を参考にする必要は、実際にはほとんど無い。教員の提供する学習がどのようなものであろうと、睡眠時間の少ない生徒は寝るし、勉強する生徒は着実に実力を付けていく。
ふたつめ。学校の教員はサービス業や接客業ではなく、教育への気概と社会への良識の体現者であるという自負に基づいて業務を行うべきである。したがって、それが最善だと思うことを実行すべきである。上とは逆であるが、それが必要であるならば大いに学ぶべきであり、それを些細なことから遠慮すべきではない。
みっつめ。学校とは敷地を持つ施設であり、開かれている時間は有限な施設である。校内のこと、就学する時間に於いて、責任は学校が追うべきであるのは当然である。しかしその一方で、敷地外での責任は学校が負うべきではないし、開かれていない時間のことは学校の感知するところではない。遅刻した場合の責任は当該の生徒とその家庭にあり、帰宅後の時間や家庭での生活もまた然りである。それによって問題が生じた際には、実社会の常識や法律によって解決する方法を探し、また判断されるべきものである。
本当なのか。
というよりも、それで本当に良いのか。
凡俗であるがゆえに、自分には判断がつけられない。
ともかくもすっきりしない気分のまま、試験問題を作成し始め、……あれ、終わっちゃったよ。あらら。
なんとなく不愉快な気持ちを反映して、解答者にやさしくない問題案ができあがってしまった。…難度1.2倍かな、当社比で。なんか八つ当たりっぽい気もするが、気にしない。
帰りの会が終わってもやっぱりすっきりしないから、教室でうろうろしていた生徒を拉致して昼食につきあわせてしまう。
それでもまだすっきりしないから、職員室に戻って誰かと雑談しようと思った…が、雑談できそうな同僚は皆いなかったので、しょんぼりしながら帰宅。うーむ。
今日は学年ごとに違う行事がある日になっていたので、前回とは違う教室で講座が行われ、その結果、朝の会で指示をしなければいけなくなったこと。
昨日の球技大会の影響のようでいてそんなこともない遅刻人がそれなりに居たこと。
指示とかを終えて一段落したら、当然ながら、後から教室に入って講座を受ける時間なんかではなくなっているわけで。
…怒るよ?
せきね(仮名)さんは、ね。
そう切り出された言葉を思い出すと、なおのこと凹む。
「一生懸命」や「熱心さ」を免罪符にして、現実から目を逸らしては意味がない。
「一生懸命」にやるべきことは当然のごとく多いけれども、けれども場合によってはそうしない方が良い時もある。
それは善意からの意見であるのにもかかわらず、とても不快であったことも思い返す。
今日のことから具体例を出すと、おそらく次のようになる。
ひとつめ。学校の教員は、平凡に授業を進めることができれば、それで良い。したがって、他の教員の仕事を参考にする必要は、実際にはほとんど無い。教員の提供する学習がどのようなものであろうと、睡眠時間の少ない生徒は寝るし、勉強する生徒は着実に実力を付けていく。
ふたつめ。学校の教員はサービス業や接客業ではなく、教育への気概と社会への良識の体現者であるという自負に基づいて業務を行うべきである。したがって、それが最善だと思うことを実行すべきである。上とは逆であるが、それが必要であるならば大いに学ぶべきであり、それを些細なことから遠慮すべきではない。
みっつめ。学校とは敷地を持つ施設であり、開かれている時間は有限な施設である。校内のこと、就学する時間に於いて、責任は学校が追うべきであるのは当然である。しかしその一方で、敷地外での責任は学校が負うべきではないし、開かれていない時間のことは学校の感知するところではない。遅刻した場合の責任は当該の生徒とその家庭にあり、帰宅後の時間や家庭での生活もまた然りである。それによって問題が生じた際には、実社会の常識や法律によって解決する方法を探し、また判断されるべきものである。
本当なのか。
というよりも、それで本当に良いのか。
凡俗であるがゆえに、自分には判断がつけられない。
ともかくもすっきりしない気分のまま、試験問題を作成し始め、……あれ、終わっちゃったよ。あらら。
なんとなく不愉快な気持ちを反映して、解答者にやさしくない問題案ができあがってしまった。…難度1.2倍かな、当社比で。なんか八つ当たりっぽい気もするが、気にしない。
帰りの会が終わってもやっぱりすっきりしないから、教室でうろうろしていた生徒を拉致して昼食につきあわせてしまう。
それでもまだすっきりしないから、職員室に戻って誰かと雑談しようと思った…が、雑談できそうな同僚は皆いなかったので、しょんぼりしながら帰宅。うーむ。
学習合宿5日目・最終日。
2006年7月28日 お仕事 コメント (2)
ISBN:4125009244 太田忠司 中央公論新社 2005/12 ¥945
帰途、これを読んだ。
おれ的には、この展開は卑怯だと思うが。
合宿終了。
もちろん課題は多々あるが、生徒たちの様子を見ていて「思ったよりはよくやっているな」と思った。
特に食事の時のあいさつと配膳の準備は良くやっていた。
午後には帰宅。
帰途、これを読んだ。
おれ的には、この展開は卑怯だと思うが。
合宿終了。
もちろん課題は多々あるが、生徒たちの様子を見ていて「思ったよりはよくやっているな」と思った。
特に食事の時のあいさつと配膳の準備は良くやっていた。
午後には帰宅。
学習合宿4日目(2班2日目)。
2006年7月27日 お仕事
ISBN:4106100037 養老孟司 新潮社 2003/04/10 ¥714
今日読んだ本。
2003年を代表する大ベストセラー。今更ながらだけれども読んだ。
タイトルがこの年の流行語にもなったらしいが、どう考えてもタイトルのセンセーショナルさだけが一人歩きしていたのだろう。
述べていることは極めてまとも。当たり前。
口述筆記のような形でまとめられたらしく、論の収束具合はやや散漫な気はするが、現代を考える上では必読なのかな、と思う。
今日の言葉。
今日読んだ本。
2003年を代表する大ベストセラー。今更ながらだけれども読んだ。
タイトルがこの年の流行語にもなったらしいが、どう考えてもタイトルのセンセーショナルさだけが一人歩きしていたのだろう。
述べていることは極めてまとも。当たり前。
口述筆記のような形でまとめられたらしく、論の収束具合はやや散漫な気はするが、現代を考える上では必読なのかな、と思う。
今日の言葉。
奇跡の限界
学習合宿3日目(1班2班入れ替わり)。
2006年7月26日 お仕事
ISBN:4121501713 諏訪哲二 中央公論新社 2005/03 ¥777
今日読んだ本。
「子ども」とタイトルにあるが、小学生については述べていない。
これは、苦しい。
今日の言葉。
今日読んだ本。
「子ども」とタイトルにあるが、小学生については述べていない。
これは、苦しい。
今日の言葉。
ゆとり教育の使徒
学習合宿2日目(1班2日目)。
2006年7月25日 お仕事 昨日に続き、合宿中。
分担になっている仕事もあるし、次に来る後半チームのためにどうすると手際が良くなりそうか計画を立てたりしているが、やっぱり、ある意味で気楽な仕事になっている。
気楽ついでに夏休み明け2本の試験問題を作成し、あとは打ち合わせと解答欄を作るだけまで進めることができた。
体調も良いのだか悪いのだかハッキリしないので、仕事は進められるだけ進めていった方がイイのはまちがいないし。
今日の言葉。
分担になっている仕事もあるし、次に来る後半チームのためにどうすると手際が良くなりそうか計画を立てたりしているが、やっぱり、ある意味で気楽な仕事になっている。
気楽ついでに夏休み明け2本の試験問題を作成し、あとは打ち合わせと解答欄を作るだけまで進めることができた。
体調も良いのだか悪いのだかハッキリしないので、仕事は進められるだけ進めていった方がイイのはまちがいないし。
今日の言葉。
類は友を呼ぶ