☆夏休みが明ければすぐに期末試験。
今回受け取った「中間試験の反省」にやや辛目のコメントを付けて返却させていただく。
ぜひ真摯に受け止めて、夏休み中も流された生活をしないように。
わずかな労苦をきらうような、小さな器量の人間にならないでほしいと思う。
☆帰りの会で模試の結果を渡し、放課後に幾人かと話をし、下校時刻後に改めて皆の結果(担任控え)を見直した。
なぜか変なのだが、けっこう自分に自信を持ってしまった。
せきねは貧乏な家庭に育ち、公立の小・中・高で過ごし、国立の大学に行った。ここのような中高一貫のような、恵まれた環境での学校生活とはほど遠かった。
それが、今回の模試の結果を眺めていて、「母校の学力上の位置」と、「もしせきねがこの学校の3年だったらどのあたりの成績か」が理解できてしまった。
「ああ、こんなあたりなのか」と、すっきりしてしまった。
☆せきね含め中学3年の国語科教員が、君たちの学力向上のために道を布いている。高校卒業の時から逆算して、君たちの希望する最良の進路を取ることができるように学習内容を検討している。
具体的には。
今回の模試の結果で言うならば「国語でA1ランク」まで到達できる、と断言できる。
たとえ今回、CランクだろうがDランクであろうが。
それ以上が見えるかどうかは、個々の願いの強さによる。
☆ただし、以上のことは君たち自身がいかに真剣であるかが絶対の条件だ。
この上ないほどの誇りと自負を持って、我ら教員は君たちの前に在る。
どんなに水を流しても、ザルではたまっていかない。
器がひっくり返っていたら、そもそも水が入らない。
がんばれ。自分の境涯をひらいていこう。
=============================
日記っぽい学級通信・その弐。
なんだか、判るんだか判らないんだか、ダメダメである。
すまん。
今回受け取った「中間試験の反省」にやや辛目のコメントを付けて返却させていただく。
ぜひ真摯に受け止めて、夏休み中も流された生活をしないように。
わずかな労苦をきらうような、小さな器量の人間にならないでほしいと思う。
☆帰りの会で模試の結果を渡し、放課後に幾人かと話をし、下校時刻後に改めて皆の結果(担任控え)を見直した。
なぜか変なのだが、けっこう自分に自信を持ってしまった。
せきねは貧乏な家庭に育ち、公立の小・中・高で過ごし、国立の大学に行った。ここのような中高一貫のような、恵まれた環境での学校生活とはほど遠かった。
それが、今回の模試の結果を眺めていて、「母校の学力上の位置」と、「もしせきねがこの学校の3年だったらどのあたりの成績か」が理解できてしまった。
「ああ、こんなあたりなのか」と、すっきりしてしまった。
☆せきね含め中学3年の国語科教員が、君たちの学力向上のために道を布いている。高校卒業の時から逆算して、君たちの希望する最良の進路を取ることができるように学習内容を検討している。
具体的には。
今回の模試の結果で言うならば「国語でA1ランク」まで到達できる、と断言できる。
たとえ今回、CランクだろうがDランクであろうが。
それ以上が見えるかどうかは、個々の願いの強さによる。
☆ただし、以上のことは君たち自身がいかに真剣であるかが絶対の条件だ。
この上ないほどの誇りと自負を持って、我ら教員は君たちの前に在る。
どんなに水を流しても、ザルではたまっていかない。
器がひっくり返っていたら、そもそも水が入らない。
がんばれ。自分の境涯をひらいていこう。
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日記っぽい学級通信・その弐。
なんだか、判るんだか判らないんだか、ダメダメである。
すまん。
☆修学旅行、全員で行き、全員で帰ってきた。
途中で飛行機の遅延があったり、予定の変更があったり、体調を悪くした者もいたりした。
が、ともかくも無事に帰ってきた。
クラス全員が、元気に、各家庭に帰還することができた。担任として今年度初めから負い続けていた重責をひとまず終えることができて、ほっとしている。
☆若い人たちは、よく「うざい」と言う。(実は「うざい」という語のもとである「うざったい」という語を作ったのは、せきねの友人であったらしい)厳しいこと、細かいことをたくさん言った。
まさしく、さぞ「うざい」担任であっただろうが、良く聞いてくれた。
そのおかげからか、我が組は比較的平穏無事であった。(他の組では残念ながら大きめな事件が起こってしまった。引率の教員の一人として、とても残念に思う。)
これから教員の間で会議・反省をし、これからの学校生活や来年度以降に活かしていくつもりである。意見があればぜひ「生活記録」などを通じて教えてほしい。
☆いよいよ夏休みになる。
「計画」や「予定」を立てよう、と言われるが、それがなかなか難しいのもまた事実である。けれど、「予定書いて出して」と指示された時に、その機会を活かして考えてみることが、大事なのではないか。
せきねはとりあえず実家に帰るのと、ひさびさに勉強会に行こうという計画を立てた。
あとは、映画にでも行こうか、と。
漫然と日々を過ごすより、「こうしたいな」「ああしようかな」と思いを巡らすのはいいことだと思う。皆もいい夏休みにしていってほしい。
☆4月初めに受けた外部模試の結果が来たので、返却させていただいた。
「どこの大学が望めるか」まで、調べることができるようになっている。ぜひ家庭で検討していただきたい。あるいはつらい時間になるかもしれないが、目を逸らしていては、いずれはより大きな悲劇や喜劇の元になるだろう。
そして、あくまでもこれは「年度初めの成績」である。中間試験で良かった人はもっと希望を持っていいし、そうでない人はより真剣になるべきであろう。
厳しいようであるが、「将来が良くなるかどうか」所詮これは自分自身である。
=============================
思ったことを書くのは日記であって学級通信ではないようにも感じるが、まあこれ以外に載せてあることが大事なので。(学級内のことなので省略してあります)
途中で飛行機の遅延があったり、予定の変更があったり、体調を悪くした者もいたりした。
が、ともかくも無事に帰ってきた。
クラス全員が、元気に、各家庭に帰還することができた。担任として今年度初めから負い続けていた重責をひとまず終えることができて、ほっとしている。
☆若い人たちは、よく「うざい」と言う。(実は「うざい」という語のもとである「うざったい」という語を作ったのは、せきねの友人であったらしい)厳しいこと、細かいことをたくさん言った。
まさしく、さぞ「うざい」担任であっただろうが、良く聞いてくれた。
そのおかげからか、我が組は比較的平穏無事であった。(他の組では残念ながら大きめな事件が起こってしまった。引率の教員の一人として、とても残念に思う。)
これから教員の間で会議・反省をし、これからの学校生活や来年度以降に活かしていくつもりである。意見があればぜひ「生活記録」などを通じて教えてほしい。
☆いよいよ夏休みになる。
「計画」や「予定」を立てよう、と言われるが、それがなかなか難しいのもまた事実である。けれど、「予定書いて出して」と指示された時に、その機会を活かして考えてみることが、大事なのではないか。
せきねはとりあえず実家に帰るのと、ひさびさに勉強会に行こうという計画を立てた。
あとは、映画にでも行こうか、と。
漫然と日々を過ごすより、「こうしたいな」「ああしようかな」と思いを巡らすのはいいことだと思う。皆もいい夏休みにしていってほしい。
☆4月初めに受けた外部模試の結果が来たので、返却させていただいた。
「どこの大学が望めるか」まで、調べることができるようになっている。ぜひ家庭で検討していただきたい。あるいはつらい時間になるかもしれないが、目を逸らしていては、いずれはより大きな悲劇や喜劇の元になるだろう。
そして、あくまでもこれは「年度初めの成績」である。中間試験で良かった人はもっと希望を持っていいし、そうでない人はより真剣になるべきであろう。
厳しいようであるが、「将来が良くなるかどうか」所詮これは自分自身である。
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思ったことを書くのは日記であって学級通信ではないようにも感じるが、まあこれ以外に載せてあることが大事なので。(学級内のことなので省略してあります)
今日は学校に戻ることができなかったので、事前に用意しておいた学級通信を配ってもらって担任の言葉に代える。(朝に配られていると思いたい……)
=============================
おはようございます。朝のあいさつは、きちんとできたでしょうか。
細かいことが、大切です。
「心」こそ、大切です。
土曜日の球技大会、その時にも感じました。
バスケットボール(男女)、サッカー、ドッジボール、4つに分かれて各競技を行い、男女のバスケでそれぞれ1位、クラス総合で優勝しました。
もちろん、各個人の競技に対する実力差はあります。
たとえば男子バスケは、ずっと部活でがんばっているアキヒロ君とユータ君を中心としたチームであったので、始まる前からウチの組は強いと思われていたようです。
けれど、ただ「ごく一部が強い」だけでは、優勝にまではたどり着くことができないものです。
ごく一部に"できる人"がいても、それ以外の出場選手ができる限りのことをしなければ、試合で勝てるかわからない。
また、1種目で優勝しても、他のすべてが最下位であれば、総合優勝はできない。
せきねはドッジボールの得点集計係をやっていました。最初に対戦したクラスには負けてしまいました。残念でした。そのクラスは、その後も他のクラスと対戦して勝ち、あっという間に決勝進出を決めてしまいました。
ウチの組は、その後の試合でどんなにがんばっても決勝に行くことができなくなったのです。
けれどもドッジボールのメンバーは、「次は勝つぞ」という気持ちを保ったまま、試合に臨み、そして勝ちました。リーグ内2位・同着3位の得点となりました。
サッカーの3位決定戦、相手のクラスはとても強かった。
得点を奪われながらも、ウチのメンバーは最後までボールを追いかけていました。
カシムラ君、サイカチ君、セノケン君たちが、ぬかるんだグラウンドで靴も体操着も泥だらけにしながら試合をしていました。結果は負けて4位になったけれど、最後まで好き放題の得点を許さない試合をしました。
これが「総合」というものなのではないか、と思うのです。
総合力を、高めていこう。
クラスでも。
個人でも。
「あいさつ」「服装」「授業への気持ち」
ごくごく細かいことを、大切にしていきましょう。
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おはようございます。朝のあいさつは、きちんとできたでしょうか。
細かいことが、大切です。
「心」こそ、大切です。
土曜日の球技大会、その時にも感じました。
バスケットボール(男女)、サッカー、ドッジボール、4つに分かれて各競技を行い、男女のバスケでそれぞれ1位、クラス総合で優勝しました。
もちろん、各個人の競技に対する実力差はあります。
たとえば男子バスケは、ずっと部活でがんばっているアキヒロ君とユータ君を中心としたチームであったので、始まる前からウチの組は強いと思われていたようです。
けれど、ただ「ごく一部が強い」だけでは、優勝にまではたどり着くことができないものです。
ごく一部に"できる人"がいても、それ以外の出場選手ができる限りのことをしなければ、試合で勝てるかわからない。
また、1種目で優勝しても、他のすべてが最下位であれば、総合優勝はできない。
せきねはドッジボールの得点集計係をやっていました。最初に対戦したクラスには負けてしまいました。残念でした。そのクラスは、その後も他のクラスと対戦して勝ち、あっという間に決勝進出を決めてしまいました。
ウチの組は、その後の試合でどんなにがんばっても決勝に行くことができなくなったのです。
けれどもドッジボールのメンバーは、「次は勝つぞ」という気持ちを保ったまま、試合に臨み、そして勝ちました。リーグ内2位・同着3位の得点となりました。
サッカーの3位決定戦、相手のクラスはとても強かった。
得点を奪われながらも、ウチのメンバーは最後までボールを追いかけていました。
カシムラ君、サイカチ君、セノケン君たちが、ぬかるんだグラウンドで靴も体操着も泥だらけにしながら試合をしていました。結果は負けて4位になったけれど、最後まで好き放題の得点を許さない試合をしました。
これが「総合」というものなのではないか、と思うのです。
総合力を、高めていこう。
クラスでも。
個人でも。
「あいさつ」「服装」「授業への気持ち」
ごくごく細かいことを、大切にしていきましょう。
「生活記録」から
あとまわしにしてもめんどうですからねぇ。
もう一度やってみる、大事ですね。
誰でもいいから助言者を決めて、真剣にぶつかっていきなさい。
そして指摘されたことをひとつひとつ克服するしかない。
結果が出るのはいいことだ。
大切な友人もいるじゃないか。
みんなで励まし合ってやっていけばいいと思うよ。
☆今日は、全部の教科が答案返却&解説でした。答案が返ってきて、もったいない答えとか、くだらないミスがありました。解けなくて後に回したまま解かずに終わった問題もありました。チョット先になっちゃうけど、期末テストは同じ失敗をしないようにしたいです!! (6/9)必ず復習。それから、先は長いから「今やっていることも次の試験範囲」だととらえてやっていこう!! 挽回しよう!
☆今日はテストが返ってきた。家のルールなら仕方あるまい。残念なことだが。
ケータイ解約される〜
あ〜あ (6/9)
☆今日はテスト返却されました…。ホント最悪でした…。自分の努力が足りなかったんだと思います。テスト前に少しやるだけでなく、毎日コツコツやらなくてはいけないなと思いました。 (6/9)簡単で、長く続けられることを決めてやってみてはどうでしょうか。
あとまわしにしてもめんどうですからねぇ。
☆今日返ってきた教科、現文以外全て平均いった!!良いことではないですか。
やったぁ!! 社会もいった!!(0.3点差) ス テ キ !
現文は2が8.5割方わからなかったからなあ。
数学が納得いかなかったのでプリントもらってやり直します。
そしてその点数を信じる。 (6/9)
もう一度やってみる、大事ですね。
☆ヤバすぎる。ジリ貧。成績下降。見直せばできた問題がいくつかあった。もうこんな思いは最後にしたい。絶対、次からみんな見直しする。 (6/9)油断なんていうのは本人が気付かないから油断なのである。
誰でもいいから助言者を決めて、真剣にぶつかっていきなさい。
そして指摘されたことをひとつひとつ克服するしかない。
☆テスト返却で苦手な英語が少し上がって良かったです。またこの調子で平均点より上の様にがんばりたい (6/9)きわまるところ、本人の努力がどれだけか、という点になる。
結果が出るのはいいことだ。
☆もうわかんな〜いあきらめたら終わってしまう。
今日わテストかえってきて文系だな〜と思いました。
数学もがんばります。
修学旅行のじゅんびもしないと……!! (6/9)
大切な友人もいるじゃないか。
みんなで励まし合ってやっていけばいいと思うよ。
「生活記録」から
青春は、誇り高く生きたいものだ。
自分の境遇を変えるには、自分の努力しかない。
修学旅行で歯が痛くならないようにしておかないと。
テストがんばるの、いいことですよ。
まさしく、「その前にテスト」ですな。がんばれ!!
良い傾向ではないかな?
なんかのまちがいか? 真の実力の発揮か?
☆今日から上半期最後の月です。夏が終わると1年は早い。6月はまだ梅雨があるから「初夏」だけど、6月もきっとすぐ終わる気がする。長く、熱い(暑いではない)夏を過ごしたいものですな。
でも修学旅行とかで長いかも。 (6/1)
青春は、誇り高く生きたいものだ。
☆もうすぐテストだよオー↓↓願いには行動だ。
30位入りたいなー
無理だろーなー
あー (6/2)
自分の境遇を変えるには、自分の努力しかない。
☆今日は歯科検診でした。見事に虫歯はなく正常でした。すごい!「虫歯なし」って最高ですよ。
よかったよかった (5/27)
修学旅行で歯が痛くならないようにしておかないと。
☆今日から中間テスト…あ゛ー↓↓ 英語&化学が…!! 結構がんばって勉強したんだけど……。まだ結果が出ているわけじゃないし、全部終わったわけではないから、前向きに残りの科目もがんばりたいなぁと思っています!! (6/6)なんのかんの言いながら勉強できる人が多いからねぇ。ウチのクラス。
テストがんばるの、いいことですよ。
☆あー。例によってヤバい。特に英語と現代文と化学がヤバい。決意をすればそれが良き日である。
あと少しで終わりなのでそれなりにがんばろうと決意した今日の良き日 (6/6)
☆合唱…イケると思いましたっっ♪ 練習すれば、もっともっと上手くなれるカモとか期待しちゃったり。テスト終わってカラの練習が楽しみです。テストでぐったりした気分にならないといいのだが。
けど、その前にテスト↓↓ がんばらなきゃ! (6/2)
まさしく、「その前にテスト」ですな。がんばれ!!
☆今日は歌の練習をした。男子はもっと来ない人が多いのかなぁ〜?と思っていたら、ほとんどみんな来てくれていました。とてもうれしかったデス。中間が終わったら、もっとがんばって練習したいデス☆ (6/1)けっこう「男子が来なくて」ってことは多いはずなのに、そうでないのは、きっと男子がまじめだし、それなりに女子を認めているからだと思う。
良い傾向ではないかな?
☆今日はテストの最終日だった。イエー!放課後にせきね’s公開丸つけがおこなわれた。そのあとに他の生徒の答案をつけたら、けっこうキミらは良かったみたいだ。
最初、活用形のテストで3点くらいしかとれなかったけど、けっこーとれた!(6/8)
なんかのまちがいか? 真の実力の発揮か?
今度の土曜は「自宅研修」だ。けれど勉強が足りないヤツが自宅で研修してもダメだろう。だから学校で勉強しなさい。「学校研修」だ。こんなことを言って今週まで古典の活用表テストをやってきた。
本当は休みたい。
今週、せきねはゾンビのようになりながら仕事をしてきた。
中間考査の試験問題作成。
海外への修学旅行の準備。
授業の準備。
その他デスクワーク。
いくらやっても仕事が減らない。日付を越えるなんか当たり前。
スジは通さねばならぬ。
けれどつらくてしょうがない。
「朝9時集合!」と言いながら、起きたのが8時半なのである。
慌てて支度をして、誰もいない職員室に着いたのが9時の5分前。
実のところ、生徒が来なくてもおかしくないと思っていた。
いくら「後で怒られるかもしれないな」と思っても、みんなが休みの日に補習をしに学校に来るなんて、バカらしいに決まっている。
9時には、教室に誰もいなかった。
来週は試験期間だから、机の列を整え、時程の板書をして。
あとは家に電話をして、登校せず事故に巻き込まれていないことを確認すればそれでいいと思っていた。
9時10分。
足音がして教室をのぞき込んだのは、金曜には「来たくない」という気持ちを表情いっぱいにしていたマサキだった。
「来たんだ」
「うん。クボヤが後から『学校に来る』って言うから」
すげーな、と笑ってしまった。
教室に、教員ひとり、生徒ひとり。
活用表の復習をして、テスト。
20点中、16点で合格。
14点。
いやになって「もうやらない」と言うかと思って、マサキの顔をのぞき込んだ。
「少し休んだら、やる」と言ったから、「またやりたくなったら言いなさい」と返して職員室へ。
ウメの家へ電話。やさしげな声の母親が出る。
「やべー、やべー」と言いながら起きてきて、友達と連絡を取り合って、制服を着て家を出た、という。
改めて今日の事情を話して、状況を理解してもらう。
10時前に、ウメとアキヒロが来る。
「遅れてすいません。寝坊しました」
そーいえば、昨日アサダ先生が深夜にサッカーの試合があるって言ってたっけ。そりゃ寝坊したっておかしくないか。
「つぅか、なんでアキヒロが来るんよ?」
「家だとなかなか勉強できなくて」 笑いながら言いおる。
「それでも普通、休みには学校に来ないぞ」
公立ならともかく、私立で学校と家との距離は遠いはず。
そのうち、クボヤと(なぜか、古典を教えていない)ケイゴまで教室に来る。
で、活用表テストのほうは、マサキは2度目に17点、ウメは1回で19点取って、あっという間に終了。
なんだかなあ。平日に合格していないのが不思議だぞ(笑)
あとは「好きなだけ勉強する」という形に。
途中で昼飯を買いに行ったり、気分転換に中庭で運動をしたりしていたようである。
守衛のクロサワさんに「中学生が登校しているみたいだけど、今日は中等部は休みですよね?」と聞かれて「せきねが呼びました。連絡してなくてすみません」なんていう場面も。(中等部は、責任者がきちんとついていない限り休日に登校しないというルールがある)
あっさり帰って遊ぶなりなんなりするかな、と思っていたが、彼らなりに満足して帰っていったのは夕方になってから。
えらいというか、何というか。
まあ、せきね自身にしても彼らが来たおかげで通常比30%程度ながらもデスクワークが進んだし、良しとするか。
帰宅し、倒れ込むようにして寝る。
半分寝入りながら思った。
指導が入っていかないならば、ある意味どうしようもない。
こちらが言うことを聞かない生徒がどうなろうと、手の施しようがない。
けれど。
素直なあいつらの成績が上がらなかったら、やっぱりおれのせいだよな。
あいつらを、伸ばしてやらにゃイカンよな。
教員VS生徒、仁義無キ闘ヒ。part.1
2005年6月3日 学校・勉強 ユータの「生活記録」。
ちがうクラスで「ユータが『焼肉おごって〜』言うんだけど、どーよ?」と聞いたら、「ありえねー」という言葉が返ってきた。
だからユータにはこんな返事をした。
早めに「生活記録」を返却したら、やんちゃ仲間のアキヒロとススムが寄って来た。
「センセ、センセ、オレも50位以内に入ったら焼肉おごって」
「ススムもか。まぁ良かろう。取れるモノなら取ってみれ」
「センセ、オレも〜」
「アキヒロはたしか、けっこう成績良くなかったか? 前回は?」
「60いくつか」
「それじゃ50位とかじゃダメだろ。40位はいかないと」
「じゃ、それで」
「まったくお前らは……」
言った時は余裕だったけれど、だんだん不安になってきて、近くにいた生徒を捕獲して聞いてみた。
「あー、アキヒロもそうだし、ユータもススムもけっこう成績良いっすよ」
……げっ。
「どれくらい?」
「ユータは知らないけど、ススムは70位くらいかな?」
「普段は低空飛行のくせに、ペナルティがあるとたんにポロッと90点取って余裕かましたのって、あいつらだっけ?」
……げげっ。
普段は勉強できなさそーな感じなのにッ! 卑怯なッ!!
……せきね、大敗北の予感。
というわけで、ウチの中等部は来週から中間試験。
3人とも、ムチャクチャ肉食いそうなスポーツマン。
これでは最悪の場合、生徒たちに焼肉を好き放題食われて、せきねは毎日ふりかけ飯になるかもしれません。ふー。
いっそ試験に集中できないように、あいつらの弁当に下剤でも仕込んでやろうか?(笑)
↑ぉぃ
センセ、50位以内に入ったら(某店)の焼肉おごって〜担任にたかろうとは、イイ度胸じゃないか。
ちがうクラスで「ユータが『焼肉おごって〜』言うんだけど、どーよ?」と聞いたら、「ありえねー」という言葉が返ってきた。
だからユータにはこんな返事をした。
学年総合で50位以内。もし大幅に外れたら何かしてもらうからな(笑)
早めに「生活記録」を返却したら、やんちゃ仲間のアキヒロとススムが寄って来た。
「センセ、センセ、オレも50位以内に入ったら焼肉おごって」
「ススムもか。まぁ良かろう。取れるモノなら取ってみれ」
「センセ、オレも〜」
「アキヒロはたしか、けっこう成績良くなかったか? 前回は?」
「60いくつか」
「それじゃ50位とかじゃダメだろ。40位はいかないと」
「じゃ、それで」
「まったくお前らは……」
言った時は余裕だったけれど、だんだん不安になってきて、近くにいた生徒を捕獲して聞いてみた。
「あー、アキヒロもそうだし、ユータもススムもけっこう成績良いっすよ」
……げっ。
「どれくらい?」
「ユータは知らないけど、ススムは70位くらいかな?」
「普段は低空飛行のくせに、ペナルティがあるとたんにポロッと90点取って余裕かましたのって、あいつらだっけ?」
……げげっ。
普段は勉強できなさそーな感じなのにッ! 卑怯なッ!!
……せきね、大敗北の予感。
というわけで、ウチの中等部は来週から中間試験。
3人とも、ムチャクチャ肉食いそうなスポーツマン。
これでは最悪の場合、生徒たちに焼肉を好き放題食われて、せきねは毎日ふりかけ飯になるかもしれません。ふー。
いっそ試験に集中できないように、あいつらの弁当に下剤でも仕込んでやろうか?(笑)
↑ぉぃ
来月の25日には
いよいよ、修学旅行への日にちが実感されるようになってきた。ごく簡単に言うと、「来月の今日」には、飛行機に乗ってアメリカ行きである。
今までにないことである。
せきね自身はと言えば、2週間休みなしで働くことはしょっちゅうだが、さすがに24時間体勢で合宿や旅行の引率をしたことはない。
今、「修学旅行、絶対無事故」のために、放課後の職員室では、計画の具体的な検討、資料作りや書類の整理で活気に満ちている。
英語の先生たちは、教科の打ち合わせとともに、毎日修学旅行の話し合いをしている。
イノウエ先生は修学旅行委員への指示や体験授業のために必要なことをまとめ上げていく。
タカハシ先生は出かける大学の施設についてさらに具体的なことを打ち合わせしている。
ジョン先生はこちらの状況をアメリカ宛てにメールを送り、タチバナ先生は旅行会社と飛行機や旅程についてひとつひとつ予定を確定させていく。
イナダ先生は校長・教頭と打ち合わせをしたり、各担任が作った班編制名簿をまとめてしおりを作成したりしている。
ツチダ先生はトップレベルの数学の指導計画を立てつつクラスから上がってくる書類ひとつひとつに真剣なチェックを入れ、サトウ先生は修学旅行のことと、校外へ向けての学校紹介の計画を、同時展開でさらっと作り上げていく。
副担任の各先生たちは、何気ないふりをして担任から仕事を持っていって仕上げてしまい、またそれぞれのキャラクターで生徒たちの中に飛び込んでいって「最近どう?」と尋ねている。
以前に修学旅行へ行った先生たちは、3学年チームにユーモアも交えて話を聞かせてくれる。とてもためになるし、とてもおもしろい。
「夜に見回りをしていて、部屋の中からテレビの音が聞こえるんですよ」
ヒラヤマ先生が言う。
「睡眠不足は事故のもと。『このやろー、こんな時間まで夜更かしして!』と思って、叱ろうとしてバッと扉を開けたんですよ。そしたら……」
ニコニコしながら言う。
「ウチとはちがう、どっかのアメリカ人がのんびりとテレビを見ていたんですよ。見回りに行く部屋を間違えていて。"『こらー!』のkの音"まで出かかって、しばらくの間お互いに見つめ合ってました」
夜7時の職員室は、笑いに包まれる。
担任チームは、はっきり言って疲労が深い。(もしかしたら、朝にぼーっとしているのが生徒諸君にバレているかもしれないね) それでも、もう少しやろう、もう少しがんばっちゃおうかな、という気持ちが次々と湧いてくるのだ。
この学年は、担任全員が持ち上がってきている。
かなり厳しく指導することだって、しばしばあった。
どうしてわかってくれないのだろう、と悩むことなんか山ほどある。
だけれども。
6人の担任にとって、言うなれば学年全員が自分の担任している生徒であり、大切な弟たちであり、妹たちである。
何としても、かけがえのない思い出になるような、良い修学旅行にしたいのだ。
残り1か月、すべての教員がそれぞれの立場で、昼に夜に仕事をしている。
"何かあっても後で笑い合うことができる修学旅行"のために。
いよいよ、修学旅行への日にちが実感されるようになってきた。ごく簡単に言うと、「来月の今日」には、飛行機に乗ってアメリカ行きである。
今までにないことである。
せきね自身はと言えば、2週間休みなしで働くことはしょっちゅうだが、さすがに24時間体勢で合宿や旅行の引率をしたことはない。
今、「修学旅行、絶対無事故」のために、放課後の職員室では、計画の具体的な検討、資料作りや書類の整理で活気に満ちている。
英語の先生たちは、教科の打ち合わせとともに、毎日修学旅行の話し合いをしている。
イノウエ先生は修学旅行委員への指示や体験授業のために必要なことをまとめ上げていく。
タカハシ先生は出かける大学の施設についてさらに具体的なことを打ち合わせしている。
ジョン先生はこちらの状況をアメリカ宛てにメールを送り、タチバナ先生は旅行会社と飛行機や旅程についてひとつひとつ予定を確定させていく。
イナダ先生は校長・教頭と打ち合わせをしたり、各担任が作った班編制名簿をまとめてしおりを作成したりしている。
ツチダ先生はトップレベルの数学の指導計画を立てつつクラスから上がってくる書類ひとつひとつに真剣なチェックを入れ、サトウ先生は修学旅行のことと、校外へ向けての学校紹介の計画を、同時展開でさらっと作り上げていく。
副担任の各先生たちは、何気ないふりをして担任から仕事を持っていって仕上げてしまい、またそれぞれのキャラクターで生徒たちの中に飛び込んでいって「最近どう?」と尋ねている。
以前に修学旅行へ行った先生たちは、3学年チームにユーモアも交えて話を聞かせてくれる。とてもためになるし、とてもおもしろい。
「夜に見回りをしていて、部屋の中からテレビの音が聞こえるんですよ」
ヒラヤマ先生が言う。
「睡眠不足は事故のもと。『このやろー、こんな時間まで夜更かしして!』と思って、叱ろうとしてバッと扉を開けたんですよ。そしたら……」
ニコニコしながら言う。
「ウチとはちがう、どっかのアメリカ人がのんびりとテレビを見ていたんですよ。見回りに行く部屋を間違えていて。"『こらー!』のkの音"まで出かかって、しばらくの間お互いに見つめ合ってました」
夜7時の職員室は、笑いに包まれる。
担任チームは、はっきり言って疲労が深い。(もしかしたら、朝にぼーっとしているのが生徒諸君にバレているかもしれないね) それでも、もう少しやろう、もう少しがんばっちゃおうかな、という気持ちが次々と湧いてくるのだ。
この学年は、担任全員が持ち上がってきている。
かなり厳しく指導することだって、しばしばあった。
どうしてわかってくれないのだろう、と悩むことなんか山ほどある。
だけれども。
6人の担任にとって、言うなれば学年全員が自分の担任している生徒であり、大切な弟たちであり、妹たちである。
何としても、かけがえのない思い出になるような、良い修学旅行にしたいのだ。
残り1か月、すべての教員がそれぞれの立場で、昼に夜に仕事をしている。
"何かあっても後で笑い合うことができる修学旅行"のために。
「生活記録」から
☆今日は物理でヘリウムガスで声をかえるというのをやりました。前からTVでやっているのを見て、やりたかったので立候補しました。本当に声が変になって、おもしろかったです。
どんな仕組みで声がかわるんでしょうか。不思議だ。
☆今日は現文で漢検たいさくをやりました。
次は準2級なので、がんばって今年中にうかりたいなあと思いました。
今年中と言わず、今回で、というのはどうですか?
友人パワーも使って、互いに励まし合いながらやっていけるといいのですが。
☆今日は、駅に着いて電車から降りたら、空が変な色だったので、何かな? と思っていたらお天気雨でした。目の前に、本当にキレイな虹がかかっていました。ちゃんと半円になっていました。虹を見ただけなのに、すごくハッピーでした。
そういうことに気付き、いいなあと感じることのできる気持ちが、いいなぁ、すごいなぁと思いました。心がきれいだから気付くっていうことですよね。
☆今日の部活ではなぜかやる気がでなかった。
だからはしってた。
気分の波というのは誰にもあるし、それで悩むこともある。文学のテーマ、でもある。 (そういえば『バッテリー』は2巻までしか読んでないや)
うまく乗り切っていこうね。
☆高額納税者番付に Mr.Children の桜井さんがTOP10に入ってません。どうしたのか? ラーメンズの小林・片桐らはどこにいるんでしょうか? 380位とか?
高額だから良い仕事をしているかは限らない。
どれだけの人に良い影響を与えているか、である。
☆今日は先生のいろいろな話を聞いて、少しだけ勉強した。
これからがんばっていこうと思う。
とても厳しいようだけれども、自分の将来を決めるのは自分自身でしかない。
良い人生を送ってほしいなぁ。
☆成績の良い人って、どれくらい勉強しているんだろう…? 勉強しないで頭が良いってことはないと思うから、それなりに努力をしているとは思うんだが…。うーん。
次の試験、みんなの真ん中くらいはいきたいな。
「理解するまで」みたいですよ。時間は多かったり少なかったり、いろいろです。
「ここがテストに出ても大丈夫か」って考えながらノートを見るのも、いいかもしれない。
☆今日いきなり雨が降って、ボールが打てなくなった。コートで打っていたときは、ボールがダメダメのうえ、風までふいていたから、全然コントロールがつかなかった。
悪天候でも試合をする、なんていう場面がフィクションでもあるけどさ、実際はどうなんだろうね。できるのかねぇ。試合にならなそうな気がするんだけど。
☆今日は物理でヘリウムガスで声をかえるというのをやりました。前からTVでやっているのを見て、やりたかったので立候補しました。本当に声が変になって、おもしろかったです。
どんな仕組みで声がかわるんでしょうか。不思議だ。
☆今日は現文で漢検たいさくをやりました。
次は準2級なので、がんばって今年中にうかりたいなあと思いました。
今年中と言わず、今回で、というのはどうですか?
友人パワーも使って、互いに励まし合いながらやっていけるといいのですが。
☆今日は、駅に着いて電車から降りたら、空が変な色だったので、何かな? と思っていたらお天気雨でした。目の前に、本当にキレイな虹がかかっていました。ちゃんと半円になっていました。虹を見ただけなのに、すごくハッピーでした。
そういうことに気付き、いいなあと感じることのできる気持ちが、いいなぁ、すごいなぁと思いました。心がきれいだから気付くっていうことですよね。
☆今日の部活ではなぜかやる気がでなかった。
だからはしってた。
気分の波というのは誰にもあるし、それで悩むこともある。文学のテーマ、でもある。 (そういえば『バッテリー』は2巻までしか読んでないや)
うまく乗り切っていこうね。
☆高額納税者番付に Mr.Children の桜井さんがTOP10に入ってません。どうしたのか? ラーメンズの小林・片桐らはどこにいるんでしょうか? 380位とか?
高額だから良い仕事をしているかは限らない。
どれだけの人に良い影響を与えているか、である。
☆今日は先生のいろいろな話を聞いて、少しだけ勉強した。
これからがんばっていこうと思う。
とても厳しいようだけれども、自分の将来を決めるのは自分自身でしかない。
良い人生を送ってほしいなぁ。
☆成績の良い人って、どれくらい勉強しているんだろう…? 勉強しないで頭が良いってことはないと思うから、それなりに努力をしているとは思うんだが…。うーん。
次の試験、みんなの真ん中くらいはいきたいな。
「理解するまで」みたいですよ。時間は多かったり少なかったり、いろいろです。
「ここがテストに出ても大丈夫か」って考えながらノートを見るのも、いいかもしれない。
☆今日いきなり雨が降って、ボールが打てなくなった。コートで打っていたときは、ボールがダメダメのうえ、風までふいていたから、全然コントロールがつかなかった。
悪天候でも試合をする、なんていう場面がフィクションでもあるけどさ、実際はどうなんだろうね。できるのかねぇ。試合にならなそうな気がするんだけど。
「生活記録」から
☆部活が始まる前にナカジョー先生とラリーをした。かなり上手だった。筋トレしすぎて背筋が痛い。
ナカジョー先生、上手なんだ。すごいなぁ。
☆実験で白いはずの水溶液が、水道へ捨てた時に反応が出て赤くなったのでびっくりした。たぶん水と石灰水両方を混ぜないといけなかったんだと思う。
新しい物質ができた?!
……というか、水道に捨てた時に反応してて大丈夫なのだろうか……。
☆シャトルランがんばったど〜
125回完走!
相当すごいぞ。さすがだ。すばらしい!!
立派な姿を見ていたいと願っている。よろしく!!
☆数学が2時間続くとねむくなっちゃいました。
英語と数Aがむずかしくてビミョーにわかんないので、がんばらなきゃダメだなと思いました。
復習や宿題に時間をかけてみよう。習ったその日なら、少しがんばればわかるようになると思うよ。
☆昨日手紙を書くのに和英と英和に替えられるHPで文面を英語にしていたんですけれども、めちゃくちゃな訳でした。例えば「あなたの家に泊めてもらえるとうれしい」が「あなたの家で幸せを見つけることが出来た時、それはうれしいです」とだいたいこんな感じに訳されてました。意味不明です。
機械ってバカだよね、そういう時は。良い手紙をつくれたでしょうか? 喜んでもらえるものを、なんとかぜひ。
☆家に帰ったら金魚がいた。妹がペットショップでやってた金魚すくいですくってしまったらしい。去年も金魚を10匹ぐらいすくってきてたけど、1ヶ月くらいでみんな死んでしまったんだよなぁ…。今回はもう少し長生きしてほしい。
金魚、もともと弱っているのもけっこういるらしいです。
……ひょっとして、弱っている金魚だからすくうことができるんだろうか?
☆今日の英語Rのプリントがよくわからなかった。(自分で解けなかった) 今日は Weekly Test(I) が返されました。けっこう良かったのでうれしかったです。
友人や(誰でもいいから)先生に、聞いておきましょう!
結果が良かったって、いいなあ。
ひとつひとつの積み重ねで、中間試験もバッチリ勝ちたいですね。
☆部活が始まる前にナカジョー先生とラリーをした。かなり上手だった。筋トレしすぎて背筋が痛い。
ナカジョー先生、上手なんだ。すごいなぁ。
☆実験で白いはずの水溶液が、水道へ捨てた時に反応が出て赤くなったのでびっくりした。たぶん水と石灰水両方を混ぜないといけなかったんだと思う。
新しい物質ができた?!
……というか、水道に捨てた時に反応してて大丈夫なのだろうか……。
☆シャトルランがんばったど〜
125回完走!
相当すごいぞ。さすがだ。すばらしい!!
立派な姿を見ていたいと願っている。よろしく!!
☆数学が2時間続くとねむくなっちゃいました。
英語と数Aがむずかしくてビミョーにわかんないので、がんばらなきゃダメだなと思いました。
復習や宿題に時間をかけてみよう。習ったその日なら、少しがんばればわかるようになると思うよ。
☆昨日手紙を書くのに和英と英和に替えられるHPで文面を英語にしていたんですけれども、めちゃくちゃな訳でした。例えば「あなたの家に泊めてもらえるとうれしい」が「あなたの家で幸せを見つけることが出来た時、それはうれしいです」とだいたいこんな感じに訳されてました。意味不明です。
機械ってバカだよね、そういう時は。良い手紙をつくれたでしょうか? 喜んでもらえるものを、なんとかぜひ。
☆家に帰ったら金魚がいた。妹がペットショップでやってた金魚すくいですくってしまったらしい。去年も金魚を10匹ぐらいすくってきてたけど、1ヶ月くらいでみんな死んでしまったんだよなぁ…。今回はもう少し長生きしてほしい。
金魚、もともと弱っているのもけっこういるらしいです。
……ひょっとして、弱っている金魚だからすくうことができるんだろうか?
☆今日の英語Rのプリントがよくわからなかった。(自分で解けなかった) 今日は Weekly Test(I) が返されました。けっこう良かったのでうれしかったです。
友人や(誰でもいいから)先生に、聞いておきましょう!
結果が良かったって、いいなあ。
ひとつひとつの積み重ねで、中間試験もバッチリ勝ちたいですね。
博物館見学で上野へ。
特別展示で恐竜もやっていた。それも含めて、見ていて楽しいものが多かった。生徒もそれなりに楽しんでいたようだ。
他ではゴールデンウィーク期間でもあるので、まあ混んでいたけどね。
こんな混んでいる時に出かけるもんでもない、という意見もあるだろうけれど、授業をむりやりやるよりは良いと思う。(かといってぽこぽこと土曜に休むんだったら、私立として安くはない学費を負担してもらっている意味がないとも思う)
ホント忙しいはずなのに生徒の引率についてきてしまう校長とも会話をしたりしながら、ラウンジで過ごす。
「ついてきてしまう」と、表現してしまった。
校長、けっこう無理しているんじゃないかなあ。
上司に対する敬意とかその他の遠慮を抜きにして、客観的に考えるとすれば、こう思ってしまうのである。
別に出てきてもらわないといけない場面はあるのだから、こんな時くらいはゆっくりしていても文句言う者もいないだろうに、教頭が中2の田植えへ引率に行って、校長がこっちの中3に来ているのである。
上野の博物館に危険も何もないもんだから、中3チームの教員は引率の教員の中に校長を考えていなかったのである。だから、今回の見学には生徒を集合させて校長の講話を行う予定もなかった。少なくともせきねは、当日の朝、集合場所に校長が来ていてびっくりしたりしなかったり。(ナイショだぞ!…笑)
で、ちょっと疲れているっぽい表情でありながら、「ウチの子たちは表情が明るいね」と校長は言うのである。たしかに、他にも来ていた学校の生徒たちと比べると、のびやかに明るい生徒たちでいるような気もする。
校長の手前びいきかもしれないし、教育者としての思い入れなのかもしれないなあ、と感じた。
当たり前なのだが、この方はこの方で、懸命に教育に臨んでいるのだろう。
担任として直接生徒に関わることはないけれども、ひたすら外部からの批判を代表として一身に負っているのだ。
視点の違いがあるから、現場の者であるせきねが管理職である校長へ、直接に反対意見を述べたこともある。
逆に、担任としていたらない点があったことから生徒の生活態度が問題になった際に、厳しく指導を受けたこともある。
けれども、校長が、教頭・校長になる前は国語科の教員であり、せきねにとっては言うなれば同じ教科の先輩。
ある時、報告をしに行ったのちに、校長が長年研究をしている俳句の話をうかがい、また私見を述べ、思わず文学に対する談義を花開かせたこともある。
また、せきねが校長からの内線を受ける時は先輩に対する礼儀を守り、姿勢を正して電話の応対をするようにしている。(どんな姿勢で電話を受けているか、は声の調子でけっこう伝わるものである)
ともかくも博物館見学は無事終了。
今週「生活記録」を全く出さなかった生徒たちに上野公園のゴミ拾いをやらせてから解散。
特別展示で恐竜もやっていた。それも含めて、見ていて楽しいものが多かった。生徒もそれなりに楽しんでいたようだ。
他ではゴールデンウィーク期間でもあるので、まあ混んでいたけどね。
こんな混んでいる時に出かけるもんでもない、という意見もあるだろうけれど、授業をむりやりやるよりは良いと思う。(かといってぽこぽこと土曜に休むんだったら、私立として安くはない学費を負担してもらっている意味がないとも思う)
ホント忙しいはずなのに生徒の引率についてきてしまう校長とも会話をしたりしながら、ラウンジで過ごす。
「ついてきてしまう」と、表現してしまった。
校長、けっこう無理しているんじゃないかなあ。
上司に対する敬意とかその他の遠慮を抜きにして、客観的に考えるとすれば、こう思ってしまうのである。
別に出てきてもらわないといけない場面はあるのだから、こんな時くらいはゆっくりしていても文句言う者もいないだろうに、教頭が中2の田植えへ引率に行って、校長がこっちの中3に来ているのである。
上野の博物館に危険も何もないもんだから、中3チームの教員は引率の教員の中に校長を考えていなかったのである。だから、今回の見学には生徒を集合させて校長の講話を行う予定もなかった。少なくともせきねは、当日の朝、集合場所に校長が来ていてびっくりしたりしなかったり。(ナイショだぞ!…笑)
で、ちょっと疲れているっぽい表情でありながら、「ウチの子たちは表情が明るいね」と校長は言うのである。たしかに、他にも来ていた学校の生徒たちと比べると、のびやかに明るい生徒たちでいるような気もする。
校長の手前びいきかもしれないし、教育者としての思い入れなのかもしれないなあ、と感じた。
当たり前なのだが、この方はこの方で、懸命に教育に臨んでいるのだろう。
担任として直接生徒に関わることはないけれども、ひたすら外部からの批判を代表として一身に負っているのだ。
視点の違いがあるから、現場の者であるせきねが管理職である校長へ、直接に反対意見を述べたこともある。
逆に、担任としていたらない点があったことから生徒の生活態度が問題になった際に、厳しく指導を受けたこともある。
けれども、校長が、教頭・校長になる前は国語科の教員であり、せきねにとっては言うなれば同じ教科の先輩。
ある時、報告をしに行ったのちに、校長が長年研究をしている俳句の話をうかがい、また私見を述べ、思わず文学に対する談義を花開かせたこともある。
また、せきねが校長からの内線を受ける時は先輩に対する礼儀を守り、姿勢を正して電話の応対をするようにしている。(どんな姿勢で電話を受けているか、は声の調子でけっこう伝わるものである)
ともかくも博物館見学は無事終了。
今週「生活記録」を全く出さなかった生徒たちに上野公園のゴミ拾いをやらせてから解散。
日直日誌より
☆4月5日(火)
今日は1年に1回のクラス替えだった。キンパチ組じゃなかったのでよかった(笑) 知っている友達も多かったのでよかった。
こういうコメントをする者こそ、あのクラスで
修行が必要なのかもしれん。まー、いいけど。
クラスがえは1年に1回ではなくて2年に1回の方がいい思い出をつくれていいとおもう。けっこうよかったクラスがえ
良かった? イマイチ? それはきっかけでしかない。
かけがえのない青春の1ページをつくっていこう。
1年間よろしく。
=============================
☆4月8日(金)
委員会や係を決めるのが長い時間かかった。
人数が少ないので決めるのが大変だった。
しっかりと決めていけたと思うが、どうだったろうか?
がんばっていこう。
集合写真を撮る時のカメラマンの人が、すごい位置に
細かかった。日差しがきつかったので早くしろよと思った。
……あのカメラマンは苦手だ。
=============================
☆4月15日(金)
7時間はつらかった。これからの授業もがんばろう。←うそ
ジョンサイコー。
↑マジでやろう!がんばれ。
数?の内容が、今は簡単だけどこれから難しくなると思うと、 先が思いやられる。
予習・復習・宿題。きちんとやっていこう。万全に。
=============================
☆4月22日(金)
今日は、英語がいっぱいあって大変でした。あと、1時間目から数学で、お腹いっぱいの5時間目に社会だったので寝ないように本当に大変でした。
明日の SPORTS TEST 晴れればイイですな…めざせ、ランクS!
Kさんの足、早く治ればいいです。
たくさんの授業でホント大変だよな、と思います。
しんどいよね。
ベストコンディションで受けよう。ぜひ。
ごはん食べる。よく寝る。
今日は、3年生になって初めての日直でした。黒板を消し忘れないように頑張りました。明日のスポーツテスト頑張ります。
Kさん、早く元気になってほしいデス。
学校に来ればしんどいこともあるけれど、やっぱり
みんなで勉強するとどんな困難も乗り越えられると
思うんだ。早く元気になってほしいなあ。
☆4月5日(火)
今日は1年に1回のクラス替えだった。キンパチ組じゃなかったのでよかった(笑) 知っている友達も多かったのでよかった。
こういうコメントをする者こそ、あのクラスで
修行が必要なのかもしれん。まー、いいけど。
クラスがえは1年に1回ではなくて2年に1回の方がいい思い出をつくれていいとおもう。けっこうよかったクラスがえ
良かった? イマイチ? それはきっかけでしかない。
かけがえのない青春の1ページをつくっていこう。
1年間よろしく。
=============================
☆4月8日(金)
委員会や係を決めるのが長い時間かかった。
人数が少ないので決めるのが大変だった。
しっかりと決めていけたと思うが、どうだったろうか?
がんばっていこう。
集合写真を撮る時のカメラマンの人が、すごい位置に
細かかった。日差しがきつかったので早くしろよと思った。
……あのカメラマンは苦手だ。
=============================
☆4月15日(金)
7時間はつらかった。これからの授業もがんばろう。←うそ
ジョンサイコー。
↑マジでやろう!がんばれ。
数?の内容が、今は簡単だけどこれから難しくなると思うと、 先が思いやられる。
予習・復習・宿題。きちんとやっていこう。万全に。
=============================
☆4月22日(金)
今日は、英語がいっぱいあって大変でした。あと、1時間目から数学で、お腹いっぱいの5時間目に社会だったので寝ないように本当に大変でした。
明日の SPORTS TEST 晴れればイイですな…めざせ、ランクS!
Kさんの足、早く治ればいいです。
たくさんの授業でホント大変だよな、と思います。
しんどいよね。
ベストコンディションで受けよう。ぜひ。
ごはん食べる。よく寝る。
今日は、3年生になって初めての日直でした。黒板を消し忘れないように頑張りました。明日のスポーツテスト頑張ります。
Kさん、早く元気になってほしいデス。
学校に来ればしんどいこともあるけれど、やっぱり
みんなで勉強するとどんな困難も乗り越えられると
思うんだ。早く元気になってほしいなあ。
新入生が来る期間なのだが、そんな様子もなく今日の部活も過ぎる。このままでは新入部員ゼロである。「まあしょうがないか」と思いつつ、部員たちがわいわいと話をしているのを、聞くでもなく聞かぬでもなく。
学校生活から何から様々なことに話題は広がっていき、そのうちに担任談義になったらしい。
かっちゃんが、熱心に言うのだった。
「ウチのセンセ、サイコーだから!」
「言うとおりに数学やったら、ぐんぐんできるようになるから!」
「みんな『コワイ』『コワイ』って、スッゴイ誤解だから!!」
そんなに多弁なほうではないかっちゃんが、大好きなオモチャのことを語っている子供のように見えるぐらいである。
向山洋一氏が述べていることを思いだした。
「勉強する喜び」を知る児童は、表情が明るく、目が輝いていて、年齢より幼く見える。逆に、勉強に対して嫌悪感を持ち、学ぶ喜びを知らない児童は、目がつり上がり、すさんだ大人のような表情になる。
かのアインシュタインがいつまでも子供らしさを失わない面があったということと、もしかしたら繋がっているのかもしれない。
「ウチのセンセは当たり前のことしか言ってないから!」「ホントみんな誤解しているから!」と目を輝かせて、尽きず話し続けるかっちゃんの言葉に対して。
ショウ君は「大丈夫、わかっているよ」と言うかのように、おだやかに聞き続けている。
よーへい君は、「そーなんだけど、できれば担任じゃなくて数学教えてもらえるだけだと気楽なんだけどナ〜」なんてちょこっと笑いながら言う。
暇なのか、たまたまやって来ていたニーナ君は「えー、そうかなー?」と彼らしい口調で言ったが、間髪入れずかっちゃんとよーへい君にツッコミを入れられる。
「ニーナ、おまえ去年お世話になってなかったら、今頃どーなっていたか判らないぞ!」
「誰のおかげで真人間に近付いたと思っているんだ!」
けっこうひどい言われようだなあ、と苦笑していたら、当のニーナ君が「んー、たしかに育ててもらってたのかもー」と言う。なかなか度量があるのやら、のんびりした性格なのやら。
すぐれた教員に出会うのは、とても幸せなことだ。
楽しい学校生活の思い出とともに、あとにまで残る力をも得ることができるから。
しかし、教員の頭上に能力の数値が浮いているわけではない。
「すぐれた教員」を見抜くには、眼力が必要となる。
人材を、人材と見抜くように。
良い野菜を、良い野菜と見分けるように。
眼力がなければ、教員の指示をおざなりにし、ほとんど何も得ずに時間が過ぎていく。
そうして、「この人についていこう」「この人の全てを学ぼう」と思った時に、ただの教え手と学び手の人間関係が変化する。
「師匠」と「弟子」となる。
「我が恩師は、斯くの如くに言った」と生涯に及ぶ指針を抱き、誇り高く生きることができるようになる。
どんな困難にぶつかっても、師匠の温雅な声や烈々たる叫びを耳朶に聞きながら、生きていくことができるようになる。
「ホントに! ホントに!! 今まででサイコーだから!!」
その一生懸命ぶりに、くすりと笑ったせきねと、かっちゃんの目が合う。
「あ、せきねセンセがダメってわけじゃないから。そうしたらこんなこと言わないですから!」
かっちゃん、やさしいなあ。
でも。
せきねはいつもこう思っているんだ。
たとえどんなに疎まれようと、憎まれようと。
それがどんなに哀しい思いにさせられるとしても。
せきねは、その生徒が立派になってくれれば、それでいいんだ。
それだけで、いいんだ。
学校生活から何から様々なことに話題は広がっていき、そのうちに担任談義になったらしい。
かっちゃんが、熱心に言うのだった。
「ウチのセンセ、サイコーだから!」
「言うとおりに数学やったら、ぐんぐんできるようになるから!」
「みんな『コワイ』『コワイ』って、スッゴイ誤解だから!!」
そんなに多弁なほうではないかっちゃんが、大好きなオモチャのことを語っている子供のように見えるぐらいである。
向山洋一氏が述べていることを思いだした。
「勉強する喜び」を知る児童は、表情が明るく、目が輝いていて、年齢より幼く見える。逆に、勉強に対して嫌悪感を持ち、学ぶ喜びを知らない児童は、目がつり上がり、すさんだ大人のような表情になる。
かのアインシュタインがいつまでも子供らしさを失わない面があったということと、もしかしたら繋がっているのかもしれない。
「ウチのセンセは当たり前のことしか言ってないから!」「ホントみんな誤解しているから!」と目を輝かせて、尽きず話し続けるかっちゃんの言葉に対して。
ショウ君は「大丈夫、わかっているよ」と言うかのように、おだやかに聞き続けている。
よーへい君は、「そーなんだけど、できれば担任じゃなくて数学教えてもらえるだけだと気楽なんだけどナ〜」なんてちょこっと笑いながら言う。
暇なのか、たまたまやって来ていたニーナ君は「えー、そうかなー?」と彼らしい口調で言ったが、間髪入れずかっちゃんとよーへい君にツッコミを入れられる。
「ニーナ、おまえ去年お世話になってなかったら、今頃どーなっていたか判らないぞ!」
「誰のおかげで真人間に近付いたと思っているんだ!」
けっこうひどい言われようだなあ、と苦笑していたら、当のニーナ君が「んー、たしかに育ててもらってたのかもー」と言う。なかなか度量があるのやら、のんびりした性格なのやら。
すぐれた教員に出会うのは、とても幸せなことだ。
楽しい学校生活の思い出とともに、あとにまで残る力をも得ることができるから。
しかし、教員の頭上に能力の数値が浮いているわけではない。
「すぐれた教員」を見抜くには、眼力が必要となる。
人材を、人材と見抜くように。
良い野菜を、良い野菜と見分けるように。
眼力がなければ、教員の指示をおざなりにし、ほとんど何も得ずに時間が過ぎていく。
そうして、「この人についていこう」「この人の全てを学ぼう」と思った時に、ただの教え手と学び手の人間関係が変化する。
「師匠」と「弟子」となる。
「我が恩師は、斯くの如くに言った」と生涯に及ぶ指針を抱き、誇り高く生きることができるようになる。
どんな困難にぶつかっても、師匠の温雅な声や烈々たる叫びを耳朶に聞きながら、生きていくことができるようになる。
「ホントに! ホントに!! 今まででサイコーだから!!」
その一生懸命ぶりに、くすりと笑ったせきねと、かっちゃんの目が合う。
「あ、せきねセンセがダメってわけじゃないから。そうしたらこんなこと言わないですから!」
かっちゃん、やさしいなあ。
でも。
せきねはいつもこう思っているんだ。
たとえどんなに疎まれようと、憎まれようと。
それがどんなに哀しい思いにさせられるとしても。
せきねは、その生徒が立派になってくれれば、それでいいんだ。
それだけで、いいんだ。
ハッセーとゴン君が、放課後に来た。
何日か前に学校へ襲撃しに来るというメールをもらったのである。
卒業して1か月、わざわざ連絡をして会いに来てくれたので、ばっさりと部活を休みにして迎えることにする。
茶髪にしているかなぁ、と思ったら、私服である以外は全然変わってなかった。羽目を外しすぎているわけでもなくて、そういうところがなんか嬉しい。
「うえるかむ〜。1か月ぶりの母校はどうですかな?(w」
「なんかまた授業を受けたいッスね」 ゴン君が言う。
「たった1か月なのに懐かしいっす」 ハッセーも言う。
「受けられるんじゃん? 制服着ればまだ大丈夫かもよ?(w」
「赤ジャージ着て、体育出ちゃうとか」
「妙にオヤジっぽい高1が居るナーって。でも体育のセンセなら笑ってそのままにしてくれるかも」
「それもいいよなー(笑」
とりとめのない話をしながら、新年度で居場所がかわった先生のところへ彼らを案内してまわる。
「右手をご覧下さい〜。こちらがトラセンセでございま〜す(w」
「こら(笑」
高等部でイチバン怖そうなトラセンセの前でバスガイドの真似をして、みんなで大笑い。
他のどの先生たちも、卒業生のために明るく応対をしてくれた。こういうところがウチの学校の先生たちはすごいなあ、と思う。
職員室をひとまわりして、自動販売機でジュースを買って飲んだ。在籍していた時をなぞるようにして過ごすのも、また趣深いようだった。
「あー、やっぱいいよなあー」 ハッセーがしみじみ言う。
「いろいろあったけど、この学校で良かったな、って思う」
「そう? それなら良かったねぇ」
「せきねセンセの授業もおもしろかったし、ねぇ」
「うん」
ふたりして言うから、照れる。
「ま〜たまた。せきね褒めたって、なんにも出ないから〜」
「別におせじじゃなくて、楽しかったッスよ」 担任もせず、ただ週に2時間の授業に行っていただけのゴン君が、そう言ってくれた。
「でも〜中等部でそんなことを言う子は、ぜんっぜん居ませんが〜?(w」
せきねのノリは同じなんだけどね、ちがうのよ。
毎日、とほーって思うことばかり。
そう言ったら。
ふたりで顔を見合わせて、それから少し笑いながら話してくれた。
「センセはね、暗さを抱えるヤツにはおもしろいから」
「苦しいヤツにとって、センセの言うことがすっごいうれしい時があるんだよね」
「なんか褒められているんだか、そうではないんだか、ビミョーなんですが(苦笑」
「わかるヤツにとって、センセの話はすごく良い、ってこと」
ゴン君が、グラウンドを見ながら言う。
「サッカーだって、中学生と高校生では違う。あのゴール前の、赤ラインのサッカーシューズ(の生徒)は上手じゃないですか。中学生らしく、まっすぐにボールに向かっていく。高校生の動きとちがう。わからないけれど、きっとあいつはまだ暗さを抱え込んでない。だから、せきねセンセの言うことはよく理解できないかもしれない」
ゴン君の言う生徒を見れば、それはせきねの良く知っている生徒だった。
「センセ、あいつ相当うまいよ。背が伸びて、今以上の筋力が付けば、高校のサッカーでもかなりのレベルに行ける。見ていて判る」
「ただ、」
「ただ?」
「途中でケガしたり、スランプになったり、ぐれたりすることがあるかもしれない。そうしたら、センセの言うことがすごくよくわかるんじゃないかな、と思う」
「そういうもんなの?」
「多分。順調な時は、ビシバシ鍛えられたほうがいいと思う。できる限り。けれど、もしそうじゃなくなった時はせきねセンセに居てもらったほうがいいかもしれない」
「マジでつらい時に、センセの話を聞くと気持ちを変えることができるんだよね。中学生はそこまでせっぱ詰まっていないんじゃないかなあ? だからよくわからない生徒がいるのかも」
「意味がよくわからんが……せきねは避難所だということか?」
「というか、大人の授業?」
「なんだそりゃ?」
ん〜。やっぱりわからん。
グラウンドや体育館で部活の指導をしている先生たちにあいさつしてくる、という彼らと別れて職員室に戻る。
暗さ、か。
自分のことにせよ、他人のことにせよ、たしかに翳りの部分を気にかけているような気もする。
何日か前に学校へ襲撃しに来るというメールをもらったのである。
卒業して1か月、わざわざ連絡をして会いに来てくれたので、ばっさりと部活を休みにして迎えることにする。
茶髪にしているかなぁ、と思ったら、私服である以外は全然変わってなかった。羽目を外しすぎているわけでもなくて、そういうところがなんか嬉しい。
「うえるかむ〜。1か月ぶりの母校はどうですかな?(w」
「なんかまた授業を受けたいッスね」 ゴン君が言う。
「たった1か月なのに懐かしいっす」 ハッセーも言う。
「受けられるんじゃん? 制服着ればまだ大丈夫かもよ?(w」
「赤ジャージ着て、体育出ちゃうとか」
「妙にオヤジっぽい高1が居るナーって。でも体育のセンセなら笑ってそのままにしてくれるかも」
「それもいいよなー(笑」
とりとめのない話をしながら、新年度で居場所がかわった先生のところへ彼らを案内してまわる。
「右手をご覧下さい〜。こちらがトラセンセでございま〜す(w」
「こら(笑」
高等部でイチバン怖そうなトラセンセの前でバスガイドの真似をして、みんなで大笑い。
他のどの先生たちも、卒業生のために明るく応対をしてくれた。こういうところがウチの学校の先生たちはすごいなあ、と思う。
職員室をひとまわりして、自動販売機でジュースを買って飲んだ。在籍していた時をなぞるようにして過ごすのも、また趣深いようだった。
「あー、やっぱいいよなあー」 ハッセーがしみじみ言う。
「いろいろあったけど、この学校で良かったな、って思う」
「そう? それなら良かったねぇ」
「せきねセンセの授業もおもしろかったし、ねぇ」
「うん」
ふたりして言うから、照れる。
「ま〜たまた。せきね褒めたって、なんにも出ないから〜」
「別におせじじゃなくて、楽しかったッスよ」 担任もせず、ただ週に2時間の授業に行っていただけのゴン君が、そう言ってくれた。
「でも〜中等部でそんなことを言う子は、ぜんっぜん居ませんが〜?(w」
せきねのノリは同じなんだけどね、ちがうのよ。
毎日、とほーって思うことばかり。
そう言ったら。
ふたりで顔を見合わせて、それから少し笑いながら話してくれた。
「センセはね、暗さを抱えるヤツにはおもしろいから」
「苦しいヤツにとって、センセの言うことがすっごいうれしい時があるんだよね」
「なんか褒められているんだか、そうではないんだか、ビミョーなんですが(苦笑」
「わかるヤツにとって、センセの話はすごく良い、ってこと」
ゴン君が、グラウンドを見ながら言う。
「サッカーだって、中学生と高校生では違う。あのゴール前の、赤ラインのサッカーシューズ(の生徒)は上手じゃないですか。中学生らしく、まっすぐにボールに向かっていく。高校生の動きとちがう。わからないけれど、きっとあいつはまだ暗さを抱え込んでない。だから、せきねセンセの言うことはよく理解できないかもしれない」
ゴン君の言う生徒を見れば、それはせきねの良く知っている生徒だった。
「センセ、あいつ相当うまいよ。背が伸びて、今以上の筋力が付けば、高校のサッカーでもかなりのレベルに行ける。見ていて判る」
「ただ、」
「ただ?」
「途中でケガしたり、スランプになったり、ぐれたりすることがあるかもしれない。そうしたら、センセの言うことがすごくよくわかるんじゃないかな、と思う」
「そういうもんなの?」
「多分。順調な時は、ビシバシ鍛えられたほうがいいと思う。できる限り。けれど、もしそうじゃなくなった時はせきねセンセに居てもらったほうがいいかもしれない」
「マジでつらい時に、センセの話を聞くと気持ちを変えることができるんだよね。中学生はそこまでせっぱ詰まっていないんじゃないかなあ? だからよくわからない生徒がいるのかも」
「意味がよくわからんが……せきねは避難所だということか?」
「というか、大人の授業?」
「なんだそりゃ?」
ん〜。やっぱりわからん。
グラウンドや体育館で部活の指導をしている先生たちにあいさつしてくる、という彼らと別れて職員室に戻る。
暗さ、か。
自分のことにせよ、他人のことにせよ、たしかに翳りの部分を気にかけているような気もする。
今年度になって没収したモノ。
テニスボール・1コ。
放課後の教室でキャッチボールしていたのを見かける。「やめなさい」「外で遊びなさい」と言って数分後、再び通りかかったらまた遊んでいたので没収。
バレーボール1コ。
没収されないよう気を付けていたらしいが、教室内でバレーボールをしていて発見されない方がおかしい。没収。
コミック本・1冊。
休み時間にひょいと教室をのぞいてみたら、まじめ系(?)の生徒が読んでいるのを発見。さっと隠したってダメである。「マンガ本だよね?」「マンガ本だよね?」と詰め寄ったところ、やっぱりそうだったのでお預かり。
職員室に戻ったら元担任が居たので、今までその生徒は叱られたことがあったかどうか聞いたところ、「そういうことは全然無かったッスよ」という話であった。
なんとなく落胆しつつ、「コレ、読んでいたんですよ」と開いてみたページが。
……大きなお兄さんや美少女ファンが釘付けになるようなページ。
元担任・せきねともに絶句。
「あいつが、あいつが"こんな系統"のマンガを……」
教員ふたりして、別な意味で絶望する(苦笑)
携帯電話。
許可無く所持し、駅で出していたところを没収されて届けられる。
実はその生徒、その週に高等部の教員にも叱られている。基本的に、中等部にも高等部にもそれぞれの指導方針があるから、それを越えて指導を受けるっていうことは相当にすごいことなのである。
中等部の教員の中にも、その生徒の生活態度を怒っている者、けっこう多数……(汗)
さしあたり生活態度が改まらないとどうにもならない。
そういう状況を判ってもらえるか、担任は見守るしかなかったりする。
英和辞典。
英語ではない授業で使っていた者が居たらしく、机上にメモとともに置かれていた。
"内職"は、授業内容と違うことをしているという点に於いて、マンガを読んだりケイタイをいじっていることと変わりはない。成績が全く付かない、落第することを覚悟しろ、と言わざるを得ない。
当たり前だが、宿題は家でやれ、ということである。
しかし当の本人は何も言ってこない。どうするつもりなのだろう。
遊戯王は、見かけなくなった。
ウチの教員の中で最も良く遊戯王を知っているであろうせきねが、明確に宣言しているからかもしれない。
「没収したらヤフーオークションに出品して売り払い、そのお金をユニセフに寄付するから〜」
調べたところ、100円でポリオワクチンが接種できるらしい。≪カオスソルジャー-開闢の使者-≫1枚で10人以上の子供の命を救えるのである。にこにこしながら、デュエリストらしい生徒に声を掛けてまわっておいた。(本気である。カードショップに売ると安値になるのでネットオークションを使おうとしている、というあたりから察してほしい。実際にそうなったら良い日記ネタなのでここに書くと思う)
いずれも、時や場所をわきまえていないから没収になってしまう。
ボール遊びは外。
マンガ本やゲームは家。
授業は集中する。
それだけ。
早くわかってくれないかな、と思ってせきねはため息をつくのである。
テニスボール・1コ。
放課後の教室でキャッチボールしていたのを見かける。「やめなさい」「外で遊びなさい」と言って数分後、再び通りかかったらまた遊んでいたので没収。
バレーボール1コ。
没収されないよう気を付けていたらしいが、教室内でバレーボールをしていて発見されない方がおかしい。没収。
コミック本・1冊。
休み時間にひょいと教室をのぞいてみたら、まじめ系(?)の生徒が読んでいるのを発見。さっと隠したってダメである。「マンガ本だよね?」「マンガ本だよね?」と詰め寄ったところ、やっぱりそうだったのでお預かり。
職員室に戻ったら元担任が居たので、今までその生徒は叱られたことがあったかどうか聞いたところ、「そういうことは全然無かったッスよ」という話であった。
なんとなく落胆しつつ、「コレ、読んでいたんですよ」と開いてみたページが。
……大きなお兄さんや美少女ファンが釘付けになるようなページ。
元担任・せきねともに絶句。
「あいつが、あいつが"こんな系統"のマンガを……」
教員ふたりして、別な意味で絶望する(苦笑)
携帯電話。
許可無く所持し、駅で出していたところを没収されて届けられる。
実はその生徒、その週に高等部の教員にも叱られている。基本的に、中等部にも高等部にもそれぞれの指導方針があるから、それを越えて指導を受けるっていうことは相当にすごいことなのである。
中等部の教員の中にも、その生徒の生活態度を怒っている者、けっこう多数……(汗)
さしあたり生活態度が改まらないとどうにもならない。
そういう状況を判ってもらえるか、担任は見守るしかなかったりする。
英和辞典。
英語ではない授業で使っていた者が居たらしく、机上にメモとともに置かれていた。
"内職"は、授業内容と違うことをしているという点に於いて、マンガを読んだりケイタイをいじっていることと変わりはない。成績が全く付かない、落第することを覚悟しろ、と言わざるを得ない。
当たり前だが、宿題は家でやれ、ということである。
しかし当の本人は何も言ってこない。どうするつもりなのだろう。
遊戯王は、見かけなくなった。
ウチの教員の中で最も良く遊戯王を知っているであろうせきねが、明確に宣言しているからかもしれない。
「没収したらヤフーオークションに出品して売り払い、そのお金をユニセフに寄付するから〜」
調べたところ、100円でポリオワクチンが接種できるらしい。≪カオスソルジャー-開闢の使者-≫1枚で10人以上の子供の命を救えるのである。にこにこしながら、デュエリストらしい生徒に声を掛けてまわっておいた。(本気である。カードショップに売ると安値になるのでネットオークションを使おうとしている、というあたりから察してほしい。実際にそうなったら良い日記ネタなのでここに書くと思う)
いずれも、時や場所をわきまえていないから没収になってしまう。
ボール遊びは外。
マンガ本やゲームは家。
授業は集中する。
それだけ。
早くわかってくれないかな、と思ってせきねはため息をつくのである。
学級通信16〜17号。
2005年4月21日 学校・勉強 定期演奏会の感想を、生徒課題として集めた。
どれもあたたかい文だった。
作文の不得意な者は多いだろうに、努力を重ねた仲間たちに対する、素直な賞賛の思いを書きつづった者がことのほか多かった。
自分で「大切なもの」を持っている者は、他者の「大切なもの」を認め、讃え合うことができる。
これは、プロフェッショナルの世界で「一流は一流を知ることができる」と言われていることとも通じるだろう。
吹奏楽、和太鼓から始まり。
バドミントン、バスケット、バレー、陸上、サッカー、合唱。
その他、数多くの生徒たちが、この春・夏で。
たくさんの者たちが檜舞台に立つ。
互いにやることは違うけれども。
今までの集大成を、外部へ知らしめに行く。
どの生徒の文を取り上げるべきか苦心しながら、学級通信を作る。
肝心の檜舞台で、皆が思いを寄せていることを感じてほしい。
どうか悔いの無いように。がんばれ。
=============================
定期演奏会の感想文より
今年もとてもすごかったです。和太鼓も吹奏楽も皆一生懸命さが伝わってきました。中学生も高校生に負けないくらい吹いていたし、動いていたし、こっちもがんばんなきゃなあっていう気持ちになりました。
和太鼓部の人たちも吹奏楽部の人たちも地道な積み重ねをしたから、あんなにすごい演奏ができるんだなぁと思います。そういう所を見習って今後の生活に生かしたいと思いました。AさんもBさんも部活に出てがんばっていたので、今回大成功で良かったなと思います。
夏の大会もあると思うので、がんばってほしいです!
ぼくが定期演奏会を見に行って一番心にのこったのは、第一部のステージドリルでした。司会の人が言っていたように、耳だけでなく目でも楽しめるもので、見ていてとてもおもしろくなりました。そればかりか音もきれいでとても完成度が高いなと思いました。
また、最初にやった和太鼓もとても良かったです。アサダ先生の語りもとてもよくて、聞いていてとても楽しかったです。
また何かあったら森のホールへ行って聞きたいと思いました。
今日は定期演奏会を見ました。ウチのクラスからも2人出ているし、知っている子も数人出ているので楽しみにしていました。
最初和太鼓部を見て、心臓に響いてくる音や元気なかけ声に、こっちまで「そーれっっ」と叫びたくなりました。T君、頑張った。
次にブラスバンド部、マーチングバンドはよく練習から見ていて苦労しているなあと思っていました。
しかし本番を見たら、苦労の結果だと思います、すごく素晴らしい演奏でした。すごく格好良かったです。私も合唱部のとき大変な練習をして大会に出たのを思い出し、きっとあの時の私と今のみんなは同じキモチだろうな、と思いました。
最後の、中学生、高校生、卒業生のみんなでやっていた演奏は本当に感動しました。がんばって一生懸命やると、こんなにもキラキラして見えるんだぁ、なんていつもの私らしくない事を思わせてくれたステキな定期演奏会でした。
みんなの演奏を見てすごく感動しました。なんか、かなりかっこいいと思いました。見に行く前は、全然見たくもなくてつまんねーだろうなあと思っていたけれど、ずっと見ていたらみんなすごいなとばかり思っていました。
和太鼓部たちの演奏は、学校よりも会場が大きくて響く所なので、心にグサグサ太鼓の音がきました。太鼓はめちゃめちゃかっこよかったです。ちょっとやってみたいと思いました。
吹奏楽部はとても上手かったです。音楽とか全然わからないのにキレイだと思いました。ノリノリの曲はかなり楽しんで聞いていました。あと、劇みたいなのもおもしろかったです。言葉の表現に音楽を付け加えて劇をやっていたのがスゴイです。
この演奏会は色々な感動や驚きがありました。聞けてよかったです。
一番「かっこいい」と思ったのは、何といっても和太鼓部の演奏だと思う。あの迫力はとても心をふるわせてくれた。元々あまり興味がなかったけれど、今回はとてもかっこよく感じた。
ブラスバンド部の演奏は本当に「スゴイ」と感じた。あんなに大勢の人たちが色々な音を出しているのにキレイな音になっていることがすごいと感じた。それに、楽器を演奏しながら動くという、とても難しい動作を一人もまちがえることなくやってのけてしまうのがすごいとおもった。
私は今回の定期演奏会を聞いて、本当にすばらしいなぁと思いました。
ウチのクラスのBさんやAさんは、毎日毎日放課後に部活があって、とてもがんばっていました。放課後だけでも大変なのに朝も私達より早く来て練習していました。今回の定期演奏会はその努力が十分に発揮されていたんではないかなぁと思いました。
それに、和太鼓同好会もとてもすばらしかったです。太鼓の音は、心に響くような音でした。カトウ先生も本当にかっこよかったです。
私が一番気に入った曲は、第2部の「木星のファンタジー」です。私はもともと「Jupiter」という曲が好きだったので、演奏してくれて本当にうれしかったです。
どれもすばらしい演奏をしてくれた吹奏楽部に感謝しています。これからもがんばってほしいなぁと思いました。
オープニングの和太鼓はカッコよかったです。みんな普段と全然ちがって、気合いが入っていてすごかったです。
吹奏楽部の最初に始まったステージドリルは、楽器の演奏もすごかったし、マーチングもすごかったのでビックリしました!! 聞いても見ても楽しめて、結構長い時間やっていたけれど、「もう終わり?」って感じるくらいでした。
楽器を演奏しながら動いたりするのは大変そうだなと思いました。定期演奏会は、見る価値がすごくありました。楽しかったです。
4月16日、吹奏楽部と和太鼓部で、定期演奏会がありました。私は吹奏楽部だったので、出演する側でした。中学生の部員は第1部のドリルステージ、第3部のアンコールに出演しました。
この定期演奏会は、昨年も出たけれど、今年もすごく緊張しました。中学生全員がいると思うと、頭がまっしろになってしまいました。
第1部が始まる時、客席を見て、「みんな見てるんだ。今まで練習してきた全ての事を発揮するんだ。」と思い、おもいっきり悔いのないようにやりました。
今回すべてを全力でやり、自分では今までの中で一番良い演奏会だったと思います。
本当に良い一日でした。
私が吹奏楽部に入って、もう3年目になりました。あっという間な気がします。部活動の中で、定期演奏会は節目であると同時にとても大きな行事です。今年は第25回ということもあって、OB・OGの先輩方も一緒に演奏した曲もありました。この演奏会はただ演奏するのではなくて、友達や先生が来てくれるので、私は余計にやる気が出ました。
本番前、私はすごく緊張していました。2部が終わって休憩の時に少しだけ客席に行くことができて友達と話せて、落ち着いてアンコールを吹くことができました。終わってから、「どこにいたかわかったよ!!」とか「カッコよかったよ!!」など言ってもらえて、本当に嬉しかったです。友達が応援してくれているのははげみになります。これからも、部活を頑張りたいです。
どれもあたたかい文だった。
作文の不得意な者は多いだろうに、努力を重ねた仲間たちに対する、素直な賞賛の思いを書きつづった者がことのほか多かった。
自分で「大切なもの」を持っている者は、他者の「大切なもの」を認め、讃え合うことができる。
これは、プロフェッショナルの世界で「一流は一流を知ることができる」と言われていることとも通じるだろう。
吹奏楽、和太鼓から始まり。
バドミントン、バスケット、バレー、陸上、サッカー、合唱。
その他、数多くの生徒たちが、この春・夏で。
たくさんの者たちが檜舞台に立つ。
互いにやることは違うけれども。
今までの集大成を、外部へ知らしめに行く。
どの生徒の文を取り上げるべきか苦心しながら、学級通信を作る。
肝心の檜舞台で、皆が思いを寄せていることを感じてほしい。
どうか悔いの無いように。がんばれ。
=============================
定期演奏会の感想文より
今年もとてもすごかったです。和太鼓も吹奏楽も皆一生懸命さが伝わってきました。中学生も高校生に負けないくらい吹いていたし、動いていたし、こっちもがんばんなきゃなあっていう気持ちになりました。
和太鼓部の人たちも吹奏楽部の人たちも地道な積み重ねをしたから、あんなにすごい演奏ができるんだなぁと思います。そういう所を見習って今後の生活に生かしたいと思いました。AさんもBさんも部活に出てがんばっていたので、今回大成功で良かったなと思います。
夏の大会もあると思うので、がんばってほしいです!
ぼくが定期演奏会を見に行って一番心にのこったのは、第一部のステージドリルでした。司会の人が言っていたように、耳だけでなく目でも楽しめるもので、見ていてとてもおもしろくなりました。そればかりか音もきれいでとても完成度が高いなと思いました。
また、最初にやった和太鼓もとても良かったです。アサダ先生の語りもとてもよくて、聞いていてとても楽しかったです。
また何かあったら森のホールへ行って聞きたいと思いました。
今日は定期演奏会を見ました。ウチのクラスからも2人出ているし、知っている子も数人出ているので楽しみにしていました。
最初和太鼓部を見て、心臓に響いてくる音や元気なかけ声に、こっちまで「そーれっっ」と叫びたくなりました。T君、頑張った。
次にブラスバンド部、マーチングバンドはよく練習から見ていて苦労しているなあと思っていました。
しかし本番を見たら、苦労の結果だと思います、すごく素晴らしい演奏でした。すごく格好良かったです。私も合唱部のとき大変な練習をして大会に出たのを思い出し、きっとあの時の私と今のみんなは同じキモチだろうな、と思いました。
最後の、中学生、高校生、卒業生のみんなでやっていた演奏は本当に感動しました。がんばって一生懸命やると、こんなにもキラキラして見えるんだぁ、なんていつもの私らしくない事を思わせてくれたステキな定期演奏会でした。
みんなの演奏を見てすごく感動しました。なんか、かなりかっこいいと思いました。見に行く前は、全然見たくもなくてつまんねーだろうなあと思っていたけれど、ずっと見ていたらみんなすごいなとばかり思っていました。
和太鼓部たちの演奏は、学校よりも会場が大きくて響く所なので、心にグサグサ太鼓の音がきました。太鼓はめちゃめちゃかっこよかったです。ちょっとやってみたいと思いました。
吹奏楽部はとても上手かったです。音楽とか全然わからないのにキレイだと思いました。ノリノリの曲はかなり楽しんで聞いていました。あと、劇みたいなのもおもしろかったです。言葉の表現に音楽を付け加えて劇をやっていたのがスゴイです。
この演奏会は色々な感動や驚きがありました。聞けてよかったです。
一番「かっこいい」と思ったのは、何といっても和太鼓部の演奏だと思う。あの迫力はとても心をふるわせてくれた。元々あまり興味がなかったけれど、今回はとてもかっこよく感じた。
ブラスバンド部の演奏は本当に「スゴイ」と感じた。あんなに大勢の人たちが色々な音を出しているのにキレイな音になっていることがすごいと感じた。それに、楽器を演奏しながら動くという、とても難しい動作を一人もまちがえることなくやってのけてしまうのがすごいとおもった。
私は今回の定期演奏会を聞いて、本当にすばらしいなぁと思いました。
ウチのクラスのBさんやAさんは、毎日毎日放課後に部活があって、とてもがんばっていました。放課後だけでも大変なのに朝も私達より早く来て練習していました。今回の定期演奏会はその努力が十分に発揮されていたんではないかなぁと思いました。
それに、和太鼓同好会もとてもすばらしかったです。太鼓の音は、心に響くような音でした。カトウ先生も本当にかっこよかったです。
私が一番気に入った曲は、第2部の「木星のファンタジー」です。私はもともと「Jupiter」という曲が好きだったので、演奏してくれて本当にうれしかったです。
どれもすばらしい演奏をしてくれた吹奏楽部に感謝しています。これからもがんばってほしいなぁと思いました。
オープニングの和太鼓はカッコよかったです。みんな普段と全然ちがって、気合いが入っていてすごかったです。
吹奏楽部の最初に始まったステージドリルは、楽器の演奏もすごかったし、マーチングもすごかったのでビックリしました!! 聞いても見ても楽しめて、結構長い時間やっていたけれど、「もう終わり?」って感じるくらいでした。
楽器を演奏しながら動いたりするのは大変そうだなと思いました。定期演奏会は、見る価値がすごくありました。楽しかったです。
4月16日、吹奏楽部と和太鼓部で、定期演奏会がありました。私は吹奏楽部だったので、出演する側でした。中学生の部員は第1部のドリルステージ、第3部のアンコールに出演しました。
この定期演奏会は、昨年も出たけれど、今年もすごく緊張しました。中学生全員がいると思うと、頭がまっしろになってしまいました。
第1部が始まる時、客席を見て、「みんな見てるんだ。今まで練習してきた全ての事を発揮するんだ。」と思い、おもいっきり悔いのないようにやりました。
今回すべてを全力でやり、自分では今までの中で一番良い演奏会だったと思います。
本当に良い一日でした。
私が吹奏楽部に入って、もう3年目になりました。あっという間な気がします。部活動の中で、定期演奏会は節目であると同時にとても大きな行事です。今年は第25回ということもあって、OB・OGの先輩方も一緒に演奏した曲もありました。この演奏会はただ演奏するのではなくて、友達や先生が来てくれるので、私は余計にやる気が出ました。
本番前、私はすごく緊張していました。2部が終わって休憩の時に少しだけ客席に行くことができて友達と話せて、落ち着いてアンコールを吹くことができました。終わってから、「どこにいたかわかったよ!!」とか「カッコよかったよ!!」など言ってもらえて、本当に嬉しかったです。友達が応援してくれているのははげみになります。これからも、部活を頑張りたいです。
オ兄サンニ質問シヨウ。
2005年4月19日 学校・勉強 FAQを、ふぁっ…と読んで平気でいる生徒がいる。
純粋無垢って言うんだろうね。うーむ。
放置しなさい。
(注意しないんですか?)
しないよ。せきねが注意してやめるようなら、どう見ても未成年な外見なのにえろ本を買ってきたりはしないでしょ。心の中ではそういうレベルを飛び越えているんだと思うよ。
そもそも良心的な店は、18歳未満にはアダルトをレンタルさせないし、売りもしない。そいつの周りの環境からしてダメ。で、ぬるま湯にひたっているだけ。
そいつの親御さんが真っ当だったら、そのうちコレクションが見つかって叱られます。だからボクらは放置していて構いません。
親友になりたいんじゃないの? 秘密を共有したいとか。
キミはいやなの? イヤな時もあるのか。なるほどね。
イヤだったらセクハラですので、しっかりイヤだという意思を示しましょう。勘違いしている中高生は多いけど、「セクハラ」ってオヤジと若い女性の間だけのことじゃないんだよ。聞きたくない、望まないのに性的な話題に触れられるのも「セクハラ」なのです。女性から男性へのセクハラや同性間のセクハラもある。
大事なのは、イヤな時はイヤ、と意思表示をすること。
それもまたイイのなら……親友になりなさい。
幼児がおもしろがって「うんこ」「おしっこ」言うのと同じメンタリティなんだと思ってあげてください。オコサマなんだな、と。そういう時代なのです。そのうち、そういうことを言わなくなります。
待てない? そうしたら、汚いことを言う幼児に対するのと同じようなことを、担任の先生あたりにしてもらいなさい。
言っとくけど、「背が低いってだけで魅力がない」なんてことは絶対にありません。これはとらえ方によっては非常に厳しい言い方になるけどね。
どうせ「そのうち大きくなるよ」なんていうことは言われ続けて飽きているだろうから、別な考え方をキミに紹介したい。
曰く。「背の高さ以外の魅力をみがきなさい」
これはある女性の著書からの言葉。たしかにそうだよね。「背を高くしたい」っていう、ある意味「無い物ねだり」をするよりも、自分のできることをした方がよっぽどいい。どうかなあ?
それが普通だから。
お互いに愛し合って一緒に学校で暮らしているわけじゃないんだから、「合う」「合わない」はあって当然。今ボクとキミが話をしているのだって、たまたま「合っている」だけ。「合わない」教員と生徒なんて山のようにいるよ、きっと。
センセイっておもしろい職業でさ、どんなに人気の先生でも「けっ」とか言われる時があるし、逆にどんなにきらわれているような先生でも「授業が楽しみです」って言われる時があるの。ここらへんが判らない若い先生は「どうして?」って迷うんだよね。どっかの将軍様じゃないんだから、みんなが歓迎するなんて思っちゃいけないし、「教員はきらわれて当然」っていうくらいの割り切りは必要なんだ。ちょっと哀しいけどね。
まあそういう教員側の事情はさておき、生徒が「あの先生がキライだから勉強しない」って言うのは間違いだよ。
好き嫌いと勉強するしないは、別なんだ。
好き嫌いを言って、メシの時にだだをこねるのはオコサマ。
大人は、一流であればあるほど、どんな人間関係であっても良い仕事をしてみせるものなんだ。
中高生は、大人になっていかないと。
そりゃそうだ。うん。
(それだけ?)
いや、事実じゃん。
んー。
まあ、「老若男女こだわらず、間違っているものは間違っている」って表現するかな。せきね(仮名)なら。
集団生活をすれば、互いに互いのことが判ってくる。
いつも自分勝手なことをしているヤツが「みんなで協力しよう!」って言ったって、「何を言っているんだか」というしらじらとした雰囲気になる。相手によって対応が変わるヤツなんか、全然信用されない。そうでしょ?
間違っているものは、やっぱり間違っているんだ。
たとえどんなに「正しいよ」っていうフリをしていても。
それは、いつか絶対に明らかになる。
たとえばね、せきねがセンセをやっていて、「せきねキライ」「せきねの授業つまらない」「言うことなんか聞きたくない」って批判されるとするじゃない。それが正当なことであるかどうかは、いずれ明らかになっていくんだ。
せきね以外の先生が担当になった時に、どういう振る舞いをするか。
日常生活のさまざまな局面にどんな行動を取っているか。
宿題を出さなかったり、授業を真剣に受けなかったり、ルール違反をしたり、あいかわらず好き勝手をやり続けていたら、その子が間違っているわけ。「せきねが」と言っていたのは、自分がワガママであることを隠すための、ただのイイワケ。
そうでしょ?
「せきねが悪い」んだったら、せきねと縁が遠くなったらすぐに良くならなきゃ。
そういうふうなスジを通していけないヤツは、だんだん周りから友達が減っていくよ。ワガママいっぱいだから。
人生は勝負だよ。勝っていこうね。
もっとも、ボクはキミらのためになるんなら、いくらでも負けてかまわないと思っているんだよね。
「せきねが悪い」で上等。
良い子になってよ。ぜひ。
立派になっていくキミたちの姿を見ることは、何にも増して楽しみにしていることだから。
純粋無垢って言うんだろうね。うーむ。
Q1.A1.
ぼくの友達が、えろ本を買いまくって自慢しているんですが……
放置しなさい。
(注意しないんですか?)
しないよ。せきねが注意してやめるようなら、どう見ても未成年な外見なのにえろ本を買ってきたりはしないでしょ。心の中ではそういうレベルを飛び越えているんだと思うよ。
そもそも良心的な店は、18歳未満にはアダルトをレンタルさせないし、売りもしない。そいつの周りの環境からしてダメ。で、ぬるま湯にひたっているだけ。
そいつの親御さんが真っ当だったら、そのうちコレクションが見つかって叱られます。だからボクらは放置していて構いません。
Q2.A2.
ぼくに対して、やたらえろい話をしたがるのですが……
親友になりたいんじゃないの? 秘密を共有したいとか。
キミはいやなの? イヤな時もあるのか。なるほどね。
イヤだったらセクハラですので、しっかりイヤだという意思を示しましょう。勘違いしている中高生は多いけど、「セクハラ」ってオヤジと若い女性の間だけのことじゃないんだよ。聞きたくない、望まないのに性的な話題に触れられるのも「セクハラ」なのです。女性から男性へのセクハラや同性間のセクハラもある。
大事なのは、イヤな時はイヤ、と意思表示をすること。
それもまたイイのなら……親友になりなさい。
Q3.A3.
えろ単語を連呼する、クラスのヤツがマジうざい。意味不明。
幼児がおもしろがって「うんこ」「おしっこ」言うのと同じメンタリティなんだと思ってあげてください。オコサマなんだな、と。そういう時代なのです。そのうち、そういうことを言わなくなります。
待てない? そうしたら、汚いことを言う幼児に対するのと同じようなことを、担任の先生あたりにしてもらいなさい。
Q4.A4.
背が低くて、自分がイヤなんです……
言っとくけど、「背が低いってだけで魅力がない」なんてことは絶対にありません。これはとらえ方によっては非常に厳しい言い方になるけどね。
どうせ「そのうち大きくなるよ」なんていうことは言われ続けて飽きているだろうから、別な考え方をキミに紹介したい。
曰く。「背の高さ以外の魅力をみがきなさい」
これはある女性の著書からの言葉。たしかにそうだよね。「背を高くしたい」っていう、ある意味「無い物ねだり」をするよりも、自分のできることをした方がよっぽどいい。どうかなあ?
Q5.A5.
正直言って、あの先生はどうも合わなくて……
それが普通だから。
お互いに愛し合って一緒に学校で暮らしているわけじゃないんだから、「合う」「合わない」はあって当然。今ボクとキミが話をしているのだって、たまたま「合っている」だけ。「合わない」教員と生徒なんて山のようにいるよ、きっと。
センセイっておもしろい職業でさ、どんなに人気の先生でも「けっ」とか言われる時があるし、逆にどんなにきらわれているような先生でも「授業が楽しみです」って言われる時があるの。ここらへんが判らない若い先生は「どうして?」って迷うんだよね。どっかの将軍様じゃないんだから、みんなが歓迎するなんて思っちゃいけないし、「教員はきらわれて当然」っていうくらいの割り切りは必要なんだ。ちょっと哀しいけどね。
まあそういう教員側の事情はさておき、生徒が「あの先生がキライだから勉強しない」って言うのは間違いだよ。
好き嫌いと勉強するしないは、別なんだ。
好き嫌いを言って、メシの時にだだをこねるのはオコサマ。
大人は、一流であればあるほど、どんな人間関係であっても良い仕事をしてみせるものなんだ。
中高生は、大人になっていかないと。
Q6.A6.
ぶっちゃけ、大人だろうが先生だろうが、間違っているのは間違っていると思う。
そりゃそうだ。うん。
(それだけ?)
いや、事実じゃん。
んー。
まあ、「老若男女こだわらず、間違っているものは間違っている」って表現するかな。せきね(仮名)なら。
集団生活をすれば、互いに互いのことが判ってくる。
いつも自分勝手なことをしているヤツが「みんなで協力しよう!」って言ったって、「何を言っているんだか」というしらじらとした雰囲気になる。相手によって対応が変わるヤツなんか、全然信用されない。そうでしょ?
間違っているものは、やっぱり間違っているんだ。
たとえどんなに「正しいよ」っていうフリをしていても。
それは、いつか絶対に明らかになる。
たとえばね、せきねがセンセをやっていて、「せきねキライ」「せきねの授業つまらない」「言うことなんか聞きたくない」って批判されるとするじゃない。それが正当なことであるかどうかは、いずれ明らかになっていくんだ。
せきね以外の先生が担当になった時に、どういう振る舞いをするか。
日常生活のさまざまな局面にどんな行動を取っているか。
宿題を出さなかったり、授業を真剣に受けなかったり、ルール違反をしたり、あいかわらず好き勝手をやり続けていたら、その子が間違っているわけ。「せきねが」と言っていたのは、自分がワガママであることを隠すための、ただのイイワケ。
そうでしょ?
「せきねが悪い」んだったら、せきねと縁が遠くなったらすぐに良くならなきゃ。
そういうふうなスジを通していけないヤツは、だんだん周りから友達が減っていくよ。ワガママいっぱいだから。
人生は勝負だよ。勝っていこうね。
もっとも、ボクはキミらのためになるんなら、いくらでも負けてかまわないと思っているんだよね。
「せきねが悪い」で上等。
良い子になってよ。ぜひ。
立派になっていくキミたちの姿を見ることは、何にも増して楽しみにしていることだから。
油断
任侠ものの映画などで有名な俳優の菅原文太には、菅原加織という息子がいた。
平成13年10月23日の深夜11時過ぎ、彼は小田急線踏切で新宿行きの電車にはねられて亡くなった。
今後が期待される俳優とされていた菅原加織は、深夜に携帯電話で話をしながら歩いていたが、下り電車が通過した後、遮断機をまたいで踏切内に入り、上り列車にはねられたのであった。
毎日のように使っている道ならば、ある程度の予測ができる。
踏切であれば、「この上りが行けば遮断機が上がるな」とか、「このあとまだ下りが来るな」とか、ある程度予測ができるようになるものだ。
そして、踏切は列車が過ぎ去った後でも、すぐには遮断機は上がらない。しばらく経ってからようやく警報機が鳴り終わって、それから遮断機が上がる。
この数秒の時間が、慣れてくると意識の中で「もう電車は過ぎた」という合図に変わってしまう。
しかし、列車の時間というのはいろいろな事情で変化するものだ。月曜の地震のように、ダイヤが変わってしまうことのある。「いつもこの時間の上りは行ったら遮断機は上がる」と思いこんでいても、その通りなのかどうかは実はわからないのである。
"思いこみ"というのは、ときに取り返しのつかないことになるのだ。
かなりの人が所持している携帯電話であり、歩行中の通話もそこかしこで行われている。
しかし、電話で話をしていると周囲の状況がわかりにいくい点は、携帯電話が普及しているほどには理解されてはいないようだ。
実際に試してみるとわかる。電話を持った手によって右なら右側、左なら左側の視界がかなり狭まるという事実。つまり、携帯電話を持つことで、自分の目に入る視野が一段と狭くなる。
さらに、携帯電話をあてている方の耳だけでなく、あいている方の耳も実は通話に集中しているのである。
「相手の話を聞こう」という姿勢が「聞く」という動作を集中させるので、自然とあいている耳も周囲の音を遮断するのだ。人込みの中や、騒がしい中でも電話ができることや、何かに集中しているとすぐそばのテレビやラジオの音も聞こえていないことがあるのを思い出せば判るだろう。
このように電話で通話していると「視界がせまくなっている」「音が聞こえにくくなっている」という事実がある。
「見ているつもりで」「聞いているつもりで」周りのことが判らない状態なのだ。
通話中は、実に無防備な状態にある。
さらにそこに予測していない車や電車などが接近してきたとき、若き役者は"期待の新人"のままで生涯を終えることとなった。
任侠映画で一世を風靡した父・文太は、過保護と言われようが、同じく俳優の道を進んだ加織へのバックアップを惜しまなかった。
菅原文太はその日、仙台で仕事をしていた。深夜、訃報が飛び込んだ。新幹線はもうない。ためらわずタクシーに飛び乗った。5時間かかった。
息子と対面した時、どんな荒くれ者の役も演じきる文太が、必死に涙をこらえていたという。
「大事故」とは、ささいなことの相乗効果で引き起こされることもある。
せきねは今まで携帯電話の許可証係として、手ずからルールを伝えてきた。その中に、「携帯電話の使用は家の最寄り駅までで、それ以外の登下校途中では使わない」というルールもある。
また、「通学路を守る」というごく基本的なルールもある。
昨年度、通学路の坂の途中で携帯電話を使用している生徒を何度か注意した。
また、国道の歩道橋の下(当然、何もない)を横切る生徒を指導したこともあった。
どちらも些細なことに思えるかもしれない。(実際にそういうことをしている近隣の住民もいる)
皆にはたいしたことのないように思える油断がふたつ。
しかし、このふたつの油断が、悲劇を引き起こす可能性があるのだ。
生徒諸君がさまざまなルールの意味を考え、「毎日無事に過ごす」というかけがえのないことに敏感になってほしいと、せきねは常々思っている。
自分自身、そして大切な大切な家族のために。
任侠ものの映画などで有名な俳優の菅原文太には、菅原加織という息子がいた。
平成13年10月23日の深夜11時過ぎ、彼は小田急線踏切で新宿行きの電車にはねられて亡くなった。
今後が期待される俳優とされていた菅原加織は、深夜に携帯電話で話をしながら歩いていたが、下り電車が通過した後、遮断機をまたいで踏切内に入り、上り列車にはねられたのであった。
毎日のように使っている道ならば、ある程度の予測ができる。
踏切であれば、「この上りが行けば遮断機が上がるな」とか、「このあとまだ下りが来るな」とか、ある程度予測ができるようになるものだ。
そして、踏切は列車が過ぎ去った後でも、すぐには遮断機は上がらない。しばらく経ってからようやく警報機が鳴り終わって、それから遮断機が上がる。
この数秒の時間が、慣れてくると意識の中で「もう電車は過ぎた」という合図に変わってしまう。
しかし、列車の時間というのはいろいろな事情で変化するものだ。月曜の地震のように、ダイヤが変わってしまうことのある。「いつもこの時間の上りは行ったら遮断機は上がる」と思いこんでいても、その通りなのかどうかは実はわからないのである。
"思いこみ"というのは、ときに取り返しのつかないことになるのだ。
かなりの人が所持している携帯電話であり、歩行中の通話もそこかしこで行われている。
しかし、電話で話をしていると周囲の状況がわかりにいくい点は、携帯電話が普及しているほどには理解されてはいないようだ。
実際に試してみるとわかる。電話を持った手によって右なら右側、左なら左側の視界がかなり狭まるという事実。つまり、携帯電話を持つことで、自分の目に入る視野が一段と狭くなる。
さらに、携帯電話をあてている方の耳だけでなく、あいている方の耳も実は通話に集中しているのである。
「相手の話を聞こう」という姿勢が「聞く」という動作を集中させるので、自然とあいている耳も周囲の音を遮断するのだ。人込みの中や、騒がしい中でも電話ができることや、何かに集中しているとすぐそばのテレビやラジオの音も聞こえていないことがあるのを思い出せば判るだろう。
このように電話で通話していると「視界がせまくなっている」「音が聞こえにくくなっている」という事実がある。
「見ているつもりで」「聞いているつもりで」周りのことが判らない状態なのだ。
通話中は、実に無防備な状態にある。
さらにそこに予測していない車や電車などが接近してきたとき、若き役者は"期待の新人"のままで生涯を終えることとなった。
任侠映画で一世を風靡した父・文太は、過保護と言われようが、同じく俳優の道を進んだ加織へのバックアップを惜しまなかった。
菅原文太はその日、仙台で仕事をしていた。深夜、訃報が飛び込んだ。新幹線はもうない。ためらわずタクシーに飛び乗った。5時間かかった。
息子と対面した時、どんな荒くれ者の役も演じきる文太が、必死に涙をこらえていたという。
「大事故」とは、ささいなことの相乗効果で引き起こされることもある。
せきねは今まで携帯電話の許可証係として、手ずからルールを伝えてきた。その中に、「携帯電話の使用は家の最寄り駅までで、それ以外の登下校途中では使わない」というルールもある。
また、「通学路を守る」というごく基本的なルールもある。
昨年度、通学路の坂の途中で携帯電話を使用している生徒を何度か注意した。
また、国道の歩道橋の下(当然、何もない)を横切る生徒を指導したこともあった。
どちらも些細なことに思えるかもしれない。(実際にそういうことをしている近隣の住民もいる)
皆にはたいしたことのないように思える油断がふたつ。
しかし、このふたつの油断が、悲劇を引き起こす可能性があるのだ。
生徒諸君がさまざまなルールの意味を考え、「毎日無事に過ごす」というかけがえのないことに敏感になってほしいと、せきねは常々思っている。
自分自身、そして大切な大切な家族のために。
人として話をするから、人として聞いてほしい、と言った。
ルールがなぜ必要か、話せば通じる「人」と思って語ろう。
だから。
話せばわかる「人」として、学校生活を送ってほしい。
そう言った。
黒板に、落書きがされなくなった。
菓子の包み紙が落ちていることも、なくなった。
学級文庫の本が、丁寧にしまわれるようになった。
みんなでわいわいと自分から仕事を見つけて、掃除をするようになった。
楽しく競うかのように、雑巾がけをしたり机運びをしたりするようになった。
人として話しても、ずっと嫌がらせが続いたり、隠れて携帯電話で遊んでいたり、せきねが目を逸らすと雑巾がけをしなかったり、机運びをするように言うまで掃除が進まなかったり、このクラスになる前に毎日直面していたことがまるで嘘のようである。
授業が開始されて3日ほどなのに、ふたりの先生からほめられた。
現代文のウメザワ先生からは。
「ただ口頭で言っただけのことを、きっちりとメモしている生徒がちらほらと居る」と。
「もっとこのクラスに教えに来たいくらい」という、ある意味で最高の賛辞をもらった。
英語講座に来たタカシ先生は。
「ムチャクチャな時間割のあとの放課後講座で、疲れきっているだろうに、皆がんばって取り組んでいた」と。
仮の時間割で授業が始まっていて(今必死に改善を願っているのだが)、英会話と英文法と英語購読が正規の時間割にあり、さらに放課後は英語講座という日がある。さすがに、1日に4時間も英語が入っている時間割はきつかろう。それでも何とか勉強をしていこうという雰囲気が、最後まで残っていたということだ。
全員に茶菓を出し、お茶会で慰労したいくらいである。
昼食も毎日自由席とした。
自由にすると誰かがハブにされるのではないかという不安もあったのだが、「3人以上でいっしょになりなさい」という指示も守り、おしゃべりをしながらもそれなりに落ち着いた食事の時間になっているようだ。
「センセ、ルール増やして。『人のおかずのゴボウを勝手に食べない』っていうの!」
中学生で、ゴボウである。ハンバーグが大好物でそれを取られたというレベルではない。ちょこっとふざけることもある、そういう笑い話である。つまり、こんな会話が出るくらい平穏だということだろう。
数学の上位選抜に3名しか入らなかったが、これも休み時間に「後からウチのクラスのヤツがみんな選抜に入っちゃったりして」なんて言ってくる。
ありがたいことだなあ、としみじみ思う。
ルールがなぜ必要か、話せば通じる「人」と思って語ろう。
だから。
話せばわかる「人」として、学校生活を送ってほしい。
そう言った。
黒板に、落書きがされなくなった。
菓子の包み紙が落ちていることも、なくなった。
学級文庫の本が、丁寧にしまわれるようになった。
みんなでわいわいと自分から仕事を見つけて、掃除をするようになった。
楽しく競うかのように、雑巾がけをしたり机運びをしたりするようになった。
人として話しても、ずっと嫌がらせが続いたり、隠れて携帯電話で遊んでいたり、せきねが目を逸らすと雑巾がけをしなかったり、机運びをするように言うまで掃除が進まなかったり、このクラスになる前に毎日直面していたことがまるで嘘のようである。
授業が開始されて3日ほどなのに、ふたりの先生からほめられた。
現代文のウメザワ先生からは。
「ただ口頭で言っただけのことを、きっちりとメモしている生徒がちらほらと居る」と。
「もっとこのクラスに教えに来たいくらい」という、ある意味で最高の賛辞をもらった。
英語講座に来たタカシ先生は。
「ムチャクチャな時間割のあとの放課後講座で、疲れきっているだろうに、皆がんばって取り組んでいた」と。
仮の時間割で授業が始まっていて(今必死に改善を願っているのだが)、英会話と英文法と英語購読が正規の時間割にあり、さらに放課後は英語講座という日がある。さすがに、1日に4時間も英語が入っている時間割はきつかろう。それでも何とか勉強をしていこうという雰囲気が、最後まで残っていたということだ。
全員に茶菓を出し、お茶会で慰労したいくらいである。
昼食も毎日自由席とした。
自由にすると誰かがハブにされるのではないかという不安もあったのだが、「3人以上でいっしょになりなさい」という指示も守り、おしゃべりをしながらもそれなりに落ち着いた食事の時間になっているようだ。
「センセ、ルール増やして。『人のおかずのゴボウを勝手に食べない』っていうの!」
中学生で、ゴボウである。ハンバーグが大好物でそれを取られたというレベルではない。ちょこっとふざけることもある、そういう笑い話である。つまり、こんな会話が出るくらい平穏だということだろう。
数学の上位選抜に3名しか入らなかったが、これも休み時間に「後からウチのクラスのヤツがみんな選抜に入っちゃったりして」なんて言ってくる。
ありがたいことだなあ、としみじみ思う。
学級通信5号。(改変)
2005年4月13日 学校・勉強いじめ、徹底粉砕?
もし万が一の時のために、君たちに最後の手段を教えておきたい。
インターネット上には、学校での事件に対する法律相談もある。( http://www.fuji-law.ne.jp/qanda/qanda10.html )
(略)
簡単にまとめると。
たとえ学校であっても、事件が起きた時にケガを負わせた者は、刑事責任の上で傷害罪に問われる。
14歳になっていない者は少年法によって例外となるが、その場合でもしかるべき施設に送られることがある。
また民事責任の面から考えると、ケガをした損害、精神的苦痛を受けた損害、両方の責任が追及されることとなる。
民法では個別のケースによって責任能力が判断され、だいたい11歳から12歳あたりで正常な判断力があると見なされる。責任を果たすことができないと判断された場合、相手を傷つけた本人に代わって、親がその責任を負う。
ケガをさせられたり嫌がらせをされたりした場合、学校の対応とはまったく別に、法廷で決着をつけることができ、為されてきたことに対する結末が用意されるのである。
もしも仮に。万が一に。
「死にたい」と思っても、絶対に死んではいけない。
友達に、家族に、教員に、ありとあらゆる手段を使って知らせなさい。
そしてそれで万が一にも問題が解決しなかったとしても、必ず「いじめ」を解決する手段はあるのだ。
今現在の日本には、絶対的な強者など存在しない。
いつ誰が標的となるかは判らないが、「いじめられた者」は生きるか死ぬかの苦しみに遭う。
それは、誰が良い悪いではなく、犯罪的な行為である。
「いじめた者」も知らぬ間に"荒廃"が蓄積してゆく。そこに「いじめ」という事実が存在する限り、自分のした行いを必ずすべて自分で償うこととなる。
そして、ただの心がけの問題ではなく、「いじめ」は法律によって犯罪とされる行為でもある。実際にその事実を訴え出ていけば、厳しく裁かれる行為なのである。
以上、さまざま述べてきたが、楽しく、充実したクラスのために、自分が信じるべき正しさをまっとうしてもらいたいと、強く強く願っている。
もし万が一の時のために、君たちに最後の手段を教えておきたい。
インターネット上には、学校での事件に対する法律相談もある。( http://www.fuji-law.ne.jp/qanda/qanda10.html )
(略)
簡単にまとめると。
たとえ学校であっても、事件が起きた時にケガを負わせた者は、刑事責任の上で傷害罪に問われる。
14歳になっていない者は少年法によって例外となるが、その場合でもしかるべき施設に送られることがある。
また民事責任の面から考えると、ケガをした損害、精神的苦痛を受けた損害、両方の責任が追及されることとなる。
民法では個別のケースによって責任能力が判断され、だいたい11歳から12歳あたりで正常な判断力があると見なされる。責任を果たすことができないと判断された場合、相手を傷つけた本人に代わって、親がその責任を負う。
ケガをさせられたり嫌がらせをされたりした場合、学校の対応とはまったく別に、法廷で決着をつけることができ、為されてきたことに対する結末が用意されるのである。
もしも仮に。万が一に。
「死にたい」と思っても、絶対に死んではいけない。
友達に、家族に、教員に、ありとあらゆる手段を使って知らせなさい。
そしてそれで万が一にも問題が解決しなかったとしても、必ず「いじめ」を解決する手段はあるのだ。
今現在の日本には、絶対的な強者など存在しない。
いつ誰が標的となるかは判らないが、「いじめられた者」は生きるか死ぬかの苦しみに遭う。
それは、誰が良い悪いではなく、犯罪的な行為である。
「いじめた者」も知らぬ間に"荒廃"が蓄積してゆく。そこに「いじめ」という事実が存在する限り、自分のした行いを必ずすべて自分で償うこととなる。
そして、ただの心がけの問題ではなく、「いじめ」は法律によって犯罪とされる行為でもある。実際にその事実を訴え出ていけば、厳しく裁かれる行為なのである。
以上、さまざま述べてきたが、楽しく、充実したクラスのために、自分が信じるべき正しさをまっとうしてもらいたいと、強く強く願っている。