道徳・前校長の講話を聞いて(11/29・第7限)

☆前校長先生の話を聞いて、めぐり会いから今のことについて、もう一度考えました。
 まず、良いめぐり会いと悪いめぐり会いがあることがわかりました。
 良いめぐり会いについては、僕が生まれたときが良いめぐり会いだと思いました。この自分の親に生まれた子で良かったと思っています。僕は、家族がいて、今の自分がいると思います。母と父もめぐり会いだと思います。父と母がめぐり会わなかったら、僕は、今はいなかったかもしれない。
 だから僕は、親に感謝します。自分を育ててくれたし、毎日朝早く起きて弁当を作ってくれる。岩井先生の話で、昔は弁当を持ってこられないで昼にはどこかみんなのいない場所へ行ってしまう子もいたということだった。でも僕は、毎日弁当を持っていっている。良いめぐり会いはそういうことからも感じられると思いました。
 僕には今、悪いめぐり会いはないので、これからも無いように生きていけたらいいなぁと思いました。

☆前校長の話を聞いた。話は多岐にわたっていたが、テーマは同じであったと思う。そのテーマは「礼節」だろうと思う。
 前校長の話の中に出てきた、「戦時中の空腹」「エチオピア」の話は貧困に由来するものである。脱脂粉乳のおいしさ、学校に屋根がついた、というのは豊かな現代日本では体感できない。空腹で完全に心がすさんでしまうというわけではないだろうが、「礼節」を知ることはきっと難しい。
 「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。読んで字のごとくだが、やはり「衣」と「食」という最も基本的なこのふたつが欠けていたら「礼節」を忘れてしまうのだろう。たとえて言うなら難民の母子がいたとして、子に着させる暖かい着物、食べさせる食料がないならば、母はどうするだろう。盗みをはたらいてしまうかもしれない。そうすると、「礼節」を大きくそれた行動をとったことになる。
 「礼節」とは前記のことをふまえて言うならば、他人との交流の潤滑油である。「ありがとう」の一言で場の空気が和んだり、喜びを得たりするのである。最低限の基本ルールでありもする。
 先生の講演を聞き、そう思った。

☆今回は、前校長先生の話を聞きました。前校長といっても、私が学校に入学をした時にはやめていたので、見たことがあるだけで、実際に話したことはありません。今も学校に来ていて、さらにお寺で住職をやっているらしくて、とても大変そうだと思いました。
 今回の話で一番気になったのは新薬の開発にかかわっているということです。
 新しいものを作るはとても大変なことだし、作るものが「薬」なのでさらに大変だと思います。
 薬というものは病気を治したり、良い方へいくようにするためのものですが、ひとつ間違えれば、効果を発揮しないだけでなく、病気を悪化させてしまう可能性もあります。
 そういう大変なことと、他の仕事も両立させている先生はすごいと思いました。
 先生を見習って、私も一番身近なテストからがんばるようにして、日々の事柄を大切にしようと思います。
 今回はお話をしてくださり、ありがとうございました。

コメント

nophoto
Valerie
2014年6月24日20:09

Well put, sir, well put. I’ll ceitarnly make note of that.

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