賢帝として名高い唐・太宗は、かつて敵対した魏徴に諫議大夫などの職を歴任させ、身の近くに置いて諫言や直言を求めた。
魏徴も、主君が激怒していようがそうであるまいが、臣下として自身の能力を尽くして利不利を述べた。
太宗は帝位につく以前から政戦両方に深く通じ、その功績に報いるために新たな役職が作られるほどの天才ぶりを発揮していた。言うなれば、並の者には太刀打ちできないほどの能力に恵まれた人物であった。それでもなお、献策を欲したのである。
唐という世界帝国の最高位の皇帝である。逆らえる者などいないのだ。まして皇帝が怒れば、それは竜になぞらえて「逆鱗」と称し、触れれば命の危険を意味した。
人間は自分に甘い。そして、虚栄心は甘言を欲する。なのに、忠告とはその性質上、欠点の指摘とならざるを得ない。耳を傾けても楽しくはない。たとえ、理屈では正しいと分かっていたとしてもだ。
諫言が容れられない理由である。
せきね(仮名)が学校で話をする時は、おそらく諫言めいた雰囲気があるように、自分自身で感じる。個人的に話すほど、放課後に話すほど、そんな感じになっているような気がする。
職場では、50歳近い方とも協力して仕事をすることなどむしろ当たり前だ。今10代の生徒たちであったとしても、学校での学習を終えれば同格の立場として仕事をしていくことは必然でさえある。
その時のことを考えると、「こうした方がいいんじゃないかな」と思うことを、率直に言っておきたいという気持ちが強くなる。
放課後になるとうちの教室にしょっちゅう遊びに来る生徒がいて、なにやらもめているようだった。
詳しい話は省略するが、せきね(仮名)はその生徒に対して言った。
「おまえさん、1年の頃からソコラヘンが変わらないよね。少し気をつけた方がいいよ」
普通なら、ここで終わる。
ところがその生徒はせきね(仮名)の指摘が気になっていたようで、また放課後にやって来て、「どういうことですか」「どうしていくといいですか」と言うのである。
いささかの驚きを込めて、その生徒の顔を見返してしまった。
場合によっては自分で聞くのがイヤなことを聞かされるかもしれないのだ。
それでもこだわりを持って、「気になる」と思って、教員のところにやって来る。
伝説の名君でもなければ、伝説の忠臣でもない。
しかし、他者の意見に耳を傾けようというその姿勢には。
晴れわたる将来の、片鱗が見えた。
行動原理を自身の快不快に置く者たちの将来に、暗雲がたれ込めるのを感じ取ったように。
言葉を必要以上に飾らぬとしても。
他者の意見を聞くと言うことは、無形の財産を譲り受ける機会が与えられたことと等しい。
この生徒の、この件で言うならば。
せきねという30代教員とそれに連なる知恵知識からなる判断基準を知り、自身の検討をより鋭く行うことができる。
また、自分以外に視点を持ち、自己を客観視する装置をひとつ作り上げたことになる。
「おまえは俺のファンネル。俺を守ってー。俺をダメにしようとする敵が来たら、撃ち落としてー」
笑いながら言い、冗談のようでいて真剣な目でおれを見返してきた、あの視線を不意に思い出してしまった。
魏徴も、主君が激怒していようがそうであるまいが、臣下として自身の能力を尽くして利不利を述べた。
太宗は帝位につく以前から政戦両方に深く通じ、その功績に報いるために新たな役職が作られるほどの天才ぶりを発揮していた。言うなれば、並の者には太刀打ちできないほどの能力に恵まれた人物であった。それでもなお、献策を欲したのである。
唐という世界帝国の最高位の皇帝である。逆らえる者などいないのだ。まして皇帝が怒れば、それは竜になぞらえて「逆鱗」と称し、触れれば命の危険を意味した。
人間は自分に甘い。そして、虚栄心は甘言を欲する。なのに、忠告とはその性質上、欠点の指摘とならざるを得ない。耳を傾けても楽しくはない。たとえ、理屈では正しいと分かっていたとしてもだ。
諫言が容れられない理由である。
せきね(仮名)が学校で話をする時は、おそらく諫言めいた雰囲気があるように、自分自身で感じる。個人的に話すほど、放課後に話すほど、そんな感じになっているような気がする。
職場では、50歳近い方とも協力して仕事をすることなどむしろ当たり前だ。今10代の生徒たちであったとしても、学校での学習を終えれば同格の立場として仕事をしていくことは必然でさえある。
その時のことを考えると、「こうした方がいいんじゃないかな」と思うことを、率直に言っておきたいという気持ちが強くなる。
放課後になるとうちの教室にしょっちゅう遊びに来る生徒がいて、なにやらもめているようだった。
詳しい話は省略するが、せきね(仮名)はその生徒に対して言った。
「おまえさん、1年の頃からソコラヘンが変わらないよね。少し気をつけた方がいいよ」
普通なら、ここで終わる。
ところがその生徒はせきね(仮名)の指摘が気になっていたようで、また放課後にやって来て、「どういうことですか」「どうしていくといいですか」と言うのである。
いささかの驚きを込めて、その生徒の顔を見返してしまった。
場合によっては自分で聞くのがイヤなことを聞かされるかもしれないのだ。
それでもこだわりを持って、「気になる」と思って、教員のところにやって来る。
伝説の名君でもなければ、伝説の忠臣でもない。
しかし、他者の意見に耳を傾けようというその姿勢には。
晴れわたる将来の、片鱗が見えた。
行動原理を自身の快不快に置く者たちの将来に、暗雲がたれ込めるのを感じ取ったように。
言葉を必要以上に飾らぬとしても。
他者の意見を聞くと言うことは、無形の財産を譲り受ける機会が与えられたことと等しい。
この生徒の、この件で言うならば。
せきねという30代教員とそれに連なる知恵知識からなる判断基準を知り、自身の検討をより鋭く行うことができる。
また、自分以外に視点を持ち、自己を客観視する装置をひとつ作り上げたことになる。
「おまえは俺のファンネル。俺を守ってー。俺をダメにしようとする敵が来たら、撃ち落としてー」
笑いながら言い、冗談のようでいて真剣な目でおれを見返してきた、あの視線を不意に思い出してしまった。
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