交響曲第9番「合唱つき」
年末にさまざまな場所で聞くことができる、ベートーベンの"第九"。「歓喜の歌」とか、「よろこびの歌」とも呼ばれている、あの曲である。
この"第九"、ベートーベンが病気で亡くなる2年前に作られた曲。なんと耳が聞こえなくなってから完成した作品である。
もとの詩はシラーの書いたもの。ゲーテと並び称される、ドイツの偉人である。ベートーベンは22歳の時にこの詩に曲をつけたいと思い、54歳で完成させた。その間、32年。
第4楽章のはじまりでは、男性がひとりで歌い始める(バリトンのソロ)。
O Freunde, nicht diese Töne!
おお友よ、このような音ではない!
sondern laßt uns angenehmere anstimmen,
そうではなく、もっと楽しい歌をうたおう
und freudenvollere.
そしてもっと喜びに満ちたものを
それから、最も有名な旋律に乗って、まるで声が輝いているかのような合唱となる。
Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium,
喜びよ、美しい神々の閃光よ 楽園の世界の娘よ
Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum!
私たちは足を踏み入れる、炎に酔いしれつつ
神々しい、あなたの聖所へと
Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt,
あなたの魔法の力は再び結びつける
世の中の時流が厳しく分け隔てていたものを
Alle Menschen werden Brüder,
全てのひとは兄弟になるのだ
Wo dein sanfter Flügel weilt.
あなたのその柔らかな翼が憩うところで
耳が聞こえないことが音楽家にとってどんなに致命的であることか、言うまでもない。
ベートーベン自身も苦しみ、悩み、自殺をも考えたと伝記は言う。
それでもこの曲では、「このような音ではなく」「もっと楽しい」「もっと喜びに満ちたもの」を求めているのである。
そして、苦しみや悩みをはるか超えたところで「楽園」へ辿り着き、「分け隔てられていたもの」が「結びつけられる」。
「全てのひとは兄弟になる」のである。
今までが苦しかったら、その後もずっと苦しいままか。
ベートーベンの生き方は教えてくれる。
心の中に情熱さえあれば、人生でどれだけ大きなことができるかということを。
何度くじけたとしても、あきらめなければそれでいいのだということを。
せきねは年末に"第九"を耳にするたびに、こう思う。
あともう少しだけ、自分の歩きたい人生を続けてみよう。
「今まで」も大事。けれど、「これから」はもっと大事だから。
今年一年、おつかれさま。 来年、元気でお会いしましょう。
年末にさまざまな場所で聞くことができる、ベートーベンの"第九"。「歓喜の歌」とか、「よろこびの歌」とも呼ばれている、あの曲である。
この"第九"、ベートーベンが病気で亡くなる2年前に作られた曲。なんと耳が聞こえなくなってから完成した作品である。
もとの詩はシラーの書いたもの。ゲーテと並び称される、ドイツの偉人である。ベートーベンは22歳の時にこの詩に曲をつけたいと思い、54歳で完成させた。その間、32年。
第4楽章のはじまりでは、男性がひとりで歌い始める(バリトンのソロ)。
O Freunde, nicht diese Töne!
おお友よ、このような音ではない!
sondern laßt uns angenehmere anstimmen,
そうではなく、もっと楽しい歌をうたおう
und freudenvollere.
そしてもっと喜びに満ちたものを
それから、最も有名な旋律に乗って、まるで声が輝いているかのような合唱となる。
Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium,
喜びよ、美しい神々の閃光よ 楽園の世界の娘よ
Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum!
私たちは足を踏み入れる、炎に酔いしれつつ
神々しい、あなたの聖所へと
Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt,
あなたの魔法の力は再び結びつける
世の中の時流が厳しく分け隔てていたものを
Alle Menschen werden Brüder,
全てのひとは兄弟になるのだ
Wo dein sanfter Flügel weilt.
あなたのその柔らかな翼が憩うところで
耳が聞こえないことが音楽家にとってどんなに致命的であることか、言うまでもない。
ベートーベン自身も苦しみ、悩み、自殺をも考えたと伝記は言う。
それでもこの曲では、「このような音ではなく」「もっと楽しい」「もっと喜びに満ちたもの」を求めているのである。
そして、苦しみや悩みをはるか超えたところで「楽園」へ辿り着き、「分け隔てられていたもの」が「結びつけられる」。
「全てのひとは兄弟になる」のである。
今までが苦しかったら、その後もずっと苦しいままか。
ベートーベンの生き方は教えてくれる。
心の中に情熱さえあれば、人生でどれだけ大きなことができるかということを。
何度くじけたとしても、あきらめなければそれでいいのだということを。
せきねは年末に"第九"を耳にするたびに、こう思う。
あともう少しだけ、自分の歩きたい人生を続けてみよう。
「今まで」も大事。けれど、「これから」はもっと大事だから。
今年一年、おつかれさま。 来年、元気でお会いしましょう。
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