会議室と現場とが同じである場合、なんて叫んだらいいんですかね?
 ごく簡単に言うと、会議の資料探し/資料まとめで、こっちを書いている余裕がありませんでした。ただあったことをメモ書きにするには職業的制限が多いのよ、ボクの仕事は。

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2003.10.28.(Tue.)
☆道徳授業案について  せきね(仮名)

▽資料内容
1)「相田みつを」作品を自分で書き、その詩から人間性を学ぶ(3枚)
2)「ドラえもん」を通してのいじめの授業(2枚)
3)「狼少女」「ストリートチルドレン」「ヘレン・ケラー」から教育の大切さを学ぶ(4枚)
4)「循環型社会とゴミ問題」(6枚)
5)13歳・14歳の自殺「遺書」および「実際に自殺したら」どうなるのか(10枚)

▽大前提
 教員の言うことが通らなければ、学級はくずれる

 →「有無を言わさない」授業
  (a)あらゆる手段で「強制」をする授業
  (b)教員が「説得力のある展開」のできる授業

 →教室内の秩序管理の在り方
  (a)違反に対する罰則
  (b)生徒に内在する善性(?)の伸長
   …善性の内在に対する是非は措く

▽資料の特徴・準備

1)ささくれだった感覚を和らげる効果を期待できる
 相田みつを作品集(せきね所持3冊)を拡大コピー
 (or画像取り込み→powerpoint加工)
 画用紙、ペンなど

2)親しみやすい
 Flashによる授業用データ(せきね所持)

3)「学ぶことの大切さ」を、他の人物を通じて知ることができる
 powerpointによる授業用データ(せきね所持)

4)「なぜ学ばなくてはならないか」を環境問題・地球的規模から訴えることができる
 powerpointによる授業用データ(せきね所持)
 ワークシート

5)「いじめ」が最終的にもたらし得る、動かしようのない事実を突きつける
 最終的な授業案・生徒配布のためのプリント
 (未完成)

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 道徳は、難しい。

 各生徒によって、家庭環境がちがう。
 各クラスによって、雰囲気がちがう。
 各担任によって、訴える切り口もちがう。

 「1か月に1度、なんとなく道徳用に作成された映像作品を見て終わり」というのでは、逆に道徳的内容を軽んじる風潮を産みかねない。

 それでは意味がない。
 まだ普通の教科をやっていた方がマシだろう。
 こう考えるところも多いように思える。

 自由で在れば、良い。
 そうして、日本は自己主張の集合体になった。

 (なんか長くなりそうだから思考を中略)

 ボク自身も日本のヒトだから、「他がどうなっても知ったことか」という気持ちはあるんだよね、たしかに。

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