最近の若者は年輩を重んじない。
 それは、教員の姿を見ているからである。

 最近の若者はあいさつができない。
 それは、教員の姿を見ているからである。

 最近の若者は勉強をしない。
 それは、教員の姿を見ているからである。

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 教員は3年やればひととおり仕事ができるようになる。
 正確に言えば、ひととおり仕事ができるような錯覚を持つことができる。
 だからそれ以降は互いが全く同列であるかのように考え、発言をし、同業者を軽んずる。
 そして技量の向上もなくなる。
 かくして、相手を軽んじることでしか自我を維持できない教員ができあがる。
 ふと気付けば、それ以外に拠るべき物がないのだ。

 せきねはどうか?
 こうして堕落していくであろうことを自覚している。

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 最近の若者は年輩を重んじない。
 それは、自身に先賢への観察力がないからである。

 最近の若者はあいさつができない。
 それは、自身の怠惰さを対象になすりつけているからである。

 最近の若者は勉強をしない。
 それは、自身の将来だけは砂糖菓子でできていると勘違いしているからである。

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 どんなものからでも、ひらめきを得ることはできる。芸術でも、科学技術でも、新製品でもそうだ。世の中には「反面教師」という言葉さえある。

 相手があいさつをしない。それがなんだというのだ。たとえ教員や名士であろうとも、そいつの品性が下品で愚劣なだけではないか。調子を合わせる必要などない。

 混乱している時代だからこそ、身ひとつで切り抜けていく覚悟が要る。戦場に在る傭兵のように、生き延びるためにありとあらゆる知恵を身につけるのが正しい姿だろう。

 青い鳥は、自分の家にいた。
 幸・不幸は、極まるところ自分の中にしかない。

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