見上げると。

2006年2月8日 日常
 線路に、落ちた。
 
 実のところ、何でそうなったのかよくわからない。
 
 いそがしく移動する人の波に押されて、あれ、と思った時には足元にホームのコンクリートがなかった。
 
 上から見下ろすのと違って、ホームから線路へは相当の高さがあった。
 畳の上の柔道でもあるまいし、まして格闘家でもない。
 受け身をとるなんて芸当ができるわけもなく、ただ落ちた。
 
 これ、ひかれて死ぬかな、とぼんやり考えた。
 そのあと、まぁどうでもいいか、と思った。
 死んだあとのことなんかわからないけれど、生きていてめんどくさいことにはおさらばできる。
 
 背後からはざわざわと、意味を成さないざわめきと視線を感じる、そんな気がした。
 でも、それだけだ。
 
 誰もが自分にだけ関心を持っていて。
 自分に心地よいものが好きで。
 自分に不快なものがきらいで。
 自分に影響のないものは無関心で。
 
 生きていれば、何かが起きるかもしれない。
 けれども。
 死んでしまっても、何も起きないだけなのではないか。
 
 誰かが死のうが生きようが、そんなことはどうでもよくて。
 
 いつもならばちょっとした地震でも飛行機の揺れでもびくびくしているほどなのに、このときばかりは、耳鳴りと、ひどい寒さしか感じなかったのは不思議だった。
 
 
 「おきゃくさーん、だいじょうぶですかー」
 
 見上げると。
 ホームにいる他の人たちが思いっきりひくような大声を上げて、駅員がこちらに叫んでいた。
 ひたすら一生懸命に叫んでいる若い駅員に、思わず笑ってしまった。
 電車にひかれて死ぬ者なんか、いくらでもいるだろう。
 たかが他人に、あんなに外聞もなく。
 
 
 すいませーん、落っこちちゃいましたー、ひかれたくないんで助けてくださーい、と言いながらホームへ拾い上げてもらう。
 腕と足に打ち身、なぜか頭にたんこぶ。
 いやはや、これはなかなか恥ずかしい。
 もっと注意をするようにと叱ってくれた、年輩の駅員には謝罪を。
 ごめんなさい、ホームは気をつけて歩きまつ。
 
 そして。
 若い駅員には感謝を。
 わたしを引き戻してくれて、ありがとう。

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