生きてりゃあ好調も不調もあるわなと思いつつ、暖機運転っぽくデスクワーク。
そうして日の暮れかけた夕刻。
夕飯は何にしようかなと、さて何を食べようかと幾つかの弁当屋やスーパーのあるあたりでぼんやり考え込んだ。
ふと。
おれを呼ぶ声がして、見れば春に卒業した生徒だった。
「センセーだー。お元気ですかー?」
「おやおや。おひさしぶり。キミこそ順調かな?」
聞けば、予備校の自習室で勉強してきた帰りだという。
「何してるんですか」と聞かれて、「んー、これから何食べようかな、と」と言ったら、「結婚まだなんですかー?」と。……あいも変わらずでございます。だいたい、その時は呼ぶ、って言ったじゃん(笑
そうして、「センセー、国語ってどう勉強したら良いんでしょーねー?」と言う。
予備校で授業を取っている、というのである。
結論からばっさり言えば、「教わっているとおりにしなさい」で終わりである。
受験なんか、どっかに特効薬やひみつどうぐが転がっているなんてことはないのだ。普段勉強をしているその積み重ねを大切にしていくしか、着実な勝ち方は無い。
それでも、その子は言う。
「国語って、わからないんです」
「んーと、じゃあ今使っている問題集を見せてよ」
「あ、今持ってないです」
「そしたら、あの店わかる? 30分経ったら問題集持って来てよ」
「えー、悪いですよー。センセ、仕事終わったトコなんですよね」
「仕事終わったから話ができるんじゃん。カルト宗教の勧誘じゃないから、何時間も拉致しないし。親御さんがダメと言わないんだったら、話、聞かせてよ」
いやがる様子でもなく、えー、と言う。
「んーとね、おれ、占い師じゃないからさ、『そのうち良くなるでしょう。ラッキーカラーは赤』みたいなアドバイスしたくないんだよね。キミの授業に行っていたのは高1の週2回。そのあと、高2・高3のキミのことも、キミの取っていた成績のことも判らないんだよね。でも『国語の成績を良くしたい』というならば、今やっていることを見ないと何も言えないよ?」
「いいんですかー?」
「多分、今しかないと思う。卒業式の時に会って、それから今日まで半年ちかく。次に会った時に冬だったら、アドバイスのしようがないよね。役に立たないこと、あんましたくないんだ。……こういうやり方って、『しつこい』って中学生にはきらわれるみたいだけどね」
「じゃあ、ぜひ」
理系・国公立・センター試験・国語。
現・古・漢。
何のかんの言いながら、毎年、人に教えないことがなかった。
問題集も、すぐに本棚から出せるだけで10冊を超える。
KFCの某支店でまた集まり、話をした。
国語の話は、10分で終わった。予備校の授業がきっちりしていて、その子も授業にきっちり付いて行ってたので。あまり遅い時間になるのもまずかろう、とも思っていた。
その後、KFCには2時間居た。
ずっと、おれは話を聞き続けたのである。
高校の時のこと。卒業してから会いに行った先生のこと。現役合格した友達のこと。予備校のこと。自宅での勉強のこと。
いつにも増していい加減な生徒ばかりだったと言う高3の文化祭も、たとえひとりになってもコツコツと準備し続けたらしい。残念ながらおれはそれを見に行けなかったけれど、スゴイということは聞いていた。
合格した大学があったにもかかわらず、敢えて好きな勉強ができる大学を目指したということも卒業式の時に聞いた。
そして今。
友達とも連絡を取らず、いい加減な予備校生の姿にも染まらずに、毎日自分にできるだけの勉強をしている日々なのだという。
「センセ、やっぱりわたしのことなんか、みんな忘れちゃってますよね?」
「それは絶対に、無いよ」
「そうですか?」
「そうだよ。きっと、がんばれ、って思ってるよ。現役生だとね、連絡しづらいの。だってそうじゃん? 『勉強しているところに遊ぼうって言ったら悪いよなぁ』って思うよ?『遊ぼう』って連絡したら、友達もみんな集まってくるよ、きっとね」
「……そうかも。でも、やっぱり合格するまではガマンします」
なんか、そう言うと思った。
らしいや。
ホント、希望通りのところに合格してほしいなぁ。
ふと腕時計を見て、叫んだ。
「あー! もうこんな時間になってるー! センセー、ごめんなさいっ。こんなに話したのムチャクチャひさしぶりだったから時間に気付かなかったー!」
慌てっぷりがものすごく意外で、笑ってしまった。
「いやー、キミってそういうトコあったんだー。へー(w」
別れ際に、言った。
「いつでも学校においで。他の先生だって、せきねだって、歓迎するから。中学生たちも、そういう時は気遣って良い子にしていてくれるからね」
そうして、今日は長い時間ありがとうございました、と言って去る後ろ姿を見送って、のんびりと帰宅した。
こんなことがあったからと言って、何がどう変わるかは判らない。何も変わらないかもしれない。
けれどあの子は偶然見かけた教員に声を掛け、助言を引っ張り出し、話を聞かせることで気持ちの切り替えをした。
おれは、あの子の持っている力に巻き込まれた、とも言える。
ただそこらへんを歩いている他人を、自分の役に立て、味方にしたのである。
「縁を大切にする」とか、「天の配剤」などと言う。
それは何か人外の力が働いているように感じるけれども、決してそうではないと思う。
自分から、周囲にどう働きかけていくか。
きっとそれで、人生の味わいが変わってくるだろう。
他人との接触を避ければ、そこで終わり。何も起こらない。
逆に。
時に傷ついたとしても、他者とのつながりを大切にしていけば、必ずそれは自身を輝かせていくのではないか。
聞いてあげていた、のではなくて、教えてもらったという思いを持った。
そうして日の暮れかけた夕刻。
夕飯は何にしようかなと、さて何を食べようかと幾つかの弁当屋やスーパーのあるあたりでぼんやり考え込んだ。
ふと。
おれを呼ぶ声がして、見れば春に卒業した生徒だった。
「センセーだー。お元気ですかー?」
「おやおや。おひさしぶり。キミこそ順調かな?」
聞けば、予備校の自習室で勉強してきた帰りだという。
「何してるんですか」と聞かれて、「んー、これから何食べようかな、と」と言ったら、「結婚まだなんですかー?」と。……あいも変わらずでございます。だいたい、その時は呼ぶ、って言ったじゃん(笑
そうして、「センセー、国語ってどう勉強したら良いんでしょーねー?」と言う。
予備校で授業を取っている、というのである。
結論からばっさり言えば、「教わっているとおりにしなさい」で終わりである。
受験なんか、どっかに特効薬やひみつどうぐが転がっているなんてことはないのだ。普段勉強をしているその積み重ねを大切にしていくしか、着実な勝ち方は無い。
それでも、その子は言う。
「国語って、わからないんです」
「んーと、じゃあ今使っている問題集を見せてよ」
「あ、今持ってないです」
「そしたら、あの店わかる? 30分経ったら問題集持って来てよ」
「えー、悪いですよー。センセ、仕事終わったトコなんですよね」
「仕事終わったから話ができるんじゃん。カルト宗教の勧誘じゃないから、何時間も拉致しないし。親御さんがダメと言わないんだったら、話、聞かせてよ」
いやがる様子でもなく、えー、と言う。
「んーとね、おれ、占い師じゃないからさ、『そのうち良くなるでしょう。ラッキーカラーは赤』みたいなアドバイスしたくないんだよね。キミの授業に行っていたのは高1の週2回。そのあと、高2・高3のキミのことも、キミの取っていた成績のことも判らないんだよね。でも『国語の成績を良くしたい』というならば、今やっていることを見ないと何も言えないよ?」
「いいんですかー?」
「多分、今しかないと思う。卒業式の時に会って、それから今日まで半年ちかく。次に会った時に冬だったら、アドバイスのしようがないよね。役に立たないこと、あんましたくないんだ。……こういうやり方って、『しつこい』って中学生にはきらわれるみたいだけどね」
「じゃあ、ぜひ」
理系・国公立・センター試験・国語。
現・古・漢。
何のかんの言いながら、毎年、人に教えないことがなかった。
問題集も、すぐに本棚から出せるだけで10冊を超える。
KFCの某支店でまた集まり、話をした。
国語の話は、10分で終わった。予備校の授業がきっちりしていて、その子も授業にきっちり付いて行ってたので。あまり遅い時間になるのもまずかろう、とも思っていた。
その後、KFCには2時間居た。
ずっと、おれは話を聞き続けたのである。
高校の時のこと。卒業してから会いに行った先生のこと。現役合格した友達のこと。予備校のこと。自宅での勉強のこと。
いつにも増していい加減な生徒ばかりだったと言う高3の文化祭も、たとえひとりになってもコツコツと準備し続けたらしい。残念ながらおれはそれを見に行けなかったけれど、スゴイということは聞いていた。
合格した大学があったにもかかわらず、敢えて好きな勉強ができる大学を目指したということも卒業式の時に聞いた。
そして今。
友達とも連絡を取らず、いい加減な予備校生の姿にも染まらずに、毎日自分にできるだけの勉強をしている日々なのだという。
「センセ、やっぱりわたしのことなんか、みんな忘れちゃってますよね?」
「それは絶対に、無いよ」
「そうですか?」
「そうだよ。きっと、がんばれ、って思ってるよ。現役生だとね、連絡しづらいの。だってそうじゃん? 『勉強しているところに遊ぼうって言ったら悪いよなぁ』って思うよ?『遊ぼう』って連絡したら、友達もみんな集まってくるよ、きっとね」
「……そうかも。でも、やっぱり合格するまではガマンします」
なんか、そう言うと思った。
らしいや。
ホント、希望通りのところに合格してほしいなぁ。
ふと腕時計を見て、叫んだ。
「あー! もうこんな時間になってるー! センセー、ごめんなさいっ。こんなに話したのムチャクチャひさしぶりだったから時間に気付かなかったー!」
慌てっぷりがものすごく意外で、笑ってしまった。
「いやー、キミってそういうトコあったんだー。へー(w」
別れ際に、言った。
「いつでも学校においで。他の先生だって、せきねだって、歓迎するから。中学生たちも、そういう時は気遣って良い子にしていてくれるからね」
そうして、今日は長い時間ありがとうございました、と言って去る後ろ姿を見送って、のんびりと帰宅した。
こんなことがあったからと言って、何がどう変わるかは判らない。何も変わらないかもしれない。
けれどあの子は偶然見かけた教員に声を掛け、助言を引っ張り出し、話を聞かせることで気持ちの切り替えをした。
おれは、あの子の持っている力に巻き込まれた、とも言える。
ただそこらへんを歩いている他人を、自分の役に立て、味方にしたのである。
「縁を大切にする」とか、「天の配剤」などと言う。
それは何か人外の力が働いているように感じるけれども、決してそうではないと思う。
自分から、周囲にどう働きかけていくか。
きっとそれで、人生の味わいが変わってくるだろう。
他人との接触を避ければ、そこで終わり。何も起こらない。
逆に。
時に傷ついたとしても、他者とのつながりを大切にしていけば、必ずそれは自身を輝かせていくのではないか。
聞いてあげていた、のではなくて、教えてもらったという思いを持った。
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