天国ヘ、行ケ。

2005年6月25日 日常
 夜が更けて日が変わっても、おれと青申は話を続けていた。
 
 ともかく、と青申は言う。
「死んでこい。今日の酒代は香典がわりだ」
「は?」
「せきね、オマエ、どんな生徒でも退学させた時ないだろ」
「……ああ」
「できればオマエには死んでほしくないが、死んだら死んだで仕方がないことだと思うことにする」
「えらく大袈裟だなあ」
 きまじめに言われてしまうと、苦笑するしかない。
 
 
 人は、人を完全に理解することなんかできない。
 だから、理解しよう、いっしょに居ようという歩み寄りが大切なのだと思う。
 血のつながりのある親子だって揉めることがあるのだ。
 好きで好きで、常にいっしょに在りたいと願う者たちでさえ仲違いをする時があるのだ。
 
 まして。
 教員と生徒だって、その例外であるはずがない。
 
 そんなことを青申に話した時がある。
「で、せきね先生は言うことを聞かないヤツらもあたたかく迎え入れるワケだ」
 青申はやれやれ、といった顔で言った。
「いつか判ってくれると願い、教え諭すのか。理想的な教育だな」
「そんなわけでもない。けっこう叱っているが」
「殴った時は? 蹴った時は?」
「あるわけないだろう」
「教室から追い出した時も?」
「まあ、生徒を掴んで追い出したことは無いかな」
 さらにあきれたような顔をされてしまう。
「それで授業は成り立っているのか?」
「普通だとは思うが。騒がしくて授業が成り立たない、などということは、少なくとも自分の授業では無いが?」
「そうか、さすがだな、と言いたいところだが、甘いな。右耳から左耳に抜けているような授業かと思うと、出かけていってオマエの代わりにひとりずつ殴り飛ばしてやりたいぐらいだな」
「それは困るな」
「意味を取り違えているぞ。いちおうオマエの授業が浪費されている事をもったいないと思って言っているんだ」
 「あ・そ。さんきぅ」と笑って言うと、青申は「一講師として」と前置きして言った。
「少なくとも、教師の指示することは完全に守って、なおかつそれ以上のことをするようなヤツじゃないと、目はないな。成績の良い悪いなんかじゃない。自分が10代の未熟な器量であり、きちんと教えを受けなければ成長できないと悟っていないヤツは大成しない。我慢したりしなかったりでは、教師の隠れた配慮を見逃して失敗する。……もっとも、東大なんていう小さな目標ではなく、世界に羽ばたくなら別なのかもしれんがね」
 
 
「今でも、『どんな生徒もいつかは判ってくれる』ぐらいに思っているんだろう?」
「そうでもないよ」
「オマエの振る舞いは『そうでもない』と言いながらもそうなっているんだ」
「そうかなあ?」
 で、訊くんだが、と青申はおれの顔を見る。
「アメリカに2週間生徒を連れて行くとして、『いつかは判ってくれる』と思いながらもオマエの指示が通らなかったらどうするんだ?」
 
「貴重品を無くしたら?」
「宿を勝手に抜け出したら?」
「行くなと指示した危険な場所に出かけていったら?」
「多様な人種・習慣・宗教のある中で、ふざけてまわって現地の感情を逆撫でにしたら?」
 
 おれの見てきた子たちは、そんなにバカじゃぁないよ。
 
「オマエには悪いが……成人式に騒いで顰蹙を買い、警察に捕まるようなヤツらは、今の中等教育課程を卒業した者たちだ。……オマエの教育している子供たちは、集会の時に威儀を正すことができるか? 静粛に、登壇者の目を見て話を聞くことができるか?」
「俺は単なる予備校の講師であって、合格する学力が付くように仕立てる技術屋でしかない。だから、オマエは俺の話なんか鼻で笑っていればいいんだ。けれどオマエは耳を傾ける。きっとこうやって、迷いを持った生徒を拾い上げていくんだろう。だが、皆がオマエほど真剣になって生きているワケじゃない」
「もし、我を通したいために偽りの理論を立てて迫ってくる者が居たら、オマエはどうする? 敢えて挑発するようにして、危険に陥る者が出たら、オマエはどうする? ……俺にだって生徒が見えているんだ。ましてオマエが生徒のことを見えていないはずがない。見えていながらも敢えて辛抱強く生徒を教育しようとして、一瞬でもオマエの器量から溢れ出たらどうするんだ?」
 
 それでも、みんな元気に卒業していったよ。
 なんのかんの言いながら、海外に留学したやつもいるし、研究するものを見つけてがんばっているやつも、あんなに遅刻ばっかりだったのに専門学校に行ってからは無遅刻無欠席を貫いているやつも、いる。
 
「それは、たまたまだ。今度もそうなるなんていう保証は何処にもないだろう。……俺もオマエも、非常時にはただの能ナシだ。俺は危険に遭ったらとっとと逃げる。……けれどオマエは、生徒のところへ戻ろうとするかもしれない。火事で逃げ遅れた家族を救いに戻るように。そうしてきっと、無駄死にする」
「そうなる前に、殴ってでも言うことを聞かせればいいのに。退学を命じてでも、自分の教育を押し通せばいいのに。まさしく聖職者だな。嘲笑を受けながらも、その者たちのために自らを傷つけて生きて、襤褸くずのように死ぬという」
 
 
「……なんか、カッコつけ過ぎなんだけど? そんなに大したこと、してないから」
 まあとにかく、笑うしかなかった。
「まあなー。そもそもオマエ、イケメンじゃないからなぁ……」
「ふん。一時イケメンぶりを誇っても、どうせ誰もが寄る年波に勝てんのだ。諸行無常なり」
 
 
 しばらくして、青申がにっこり笑って言う。
「そーか。死ぬんじゃなくて堕落すりゃぁいいんだ。オマエ、アメリカで生徒を捨ててこい」
「んな無茶な」
「なんだっけ……ダークサイド?」
「スターウォーズかよ」
「そうそう。CMやってた」
「うーむ。生徒捨ててこいって言うとイヤな感じだが、シスの暗黒卿はカッコイイかも……」
 
 
 以降、バカ話が続く。
 ↑そういうオチかよ……

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