「明日から2週間も出張だって? 300時間以上もぶっ続けでシゴトかよ。めでてぇ〜な(w」
 そう言う青申に押し切られて、酒盛りをした。
 
「あのさー、けっこう大変な仕事なんだけど? 10時間くらいは飛行機乗るし」
「大変なシゴトにはそれなりの景気づけが必要ってもんだろ(w」
 
 
 まあよくわからんが、ひさしぶりに会えばそれなりに話すことはある。
 まったく以て主張は異なるのだが。
 
 青申が言うには。
「つまるところ、教育の成果は"受ける側"次第でしかない。"教える側"なんか、どうでもいいのだと思う」
「そうかなぁ? おれは"教える側"が至らない場面も多々あると思うが?」
 いろいろな授業を思い返して、言う。
 それに対して、青申は笑いながら返すのだ。
「今をときめく"首都圏屈指の受験者を集める私立校"のせきね先生は、そう言いながら日々山のような書籍を積んで努力をするわけだ」
「いやみな言い方だな」
 
 青申は名の知れた予備校講師だ。
 それも、人気の急上昇ぶりは衰える様子がないほどの。
 
 毎年毎年、何人もの受験生を見て。
 東大へ行かせ。
 早慶上智をすべり止めにさせて。
 "受験の神"だとか、ワケわからねぇ宣伝されてさ。
 それでも、思うわけ。
 
 こいつらは自分の力で合格する、決して俺の力ではない、って。
 謙虚な姿勢、なんかじゃねぇよ。
 実感。
 
 極上の冷酒を楽しみながら、青申は受験生の話をしてくれた。
 
 
 「目指せトーダイ」なんて言いながら、たまにワケわからないヤツが受講しに来る。
 今年の最初の授業で、軽く冗談交じりで古典文法を訊いたら、答えられないヤツが居たんだ。
 用言だよ。それも動詞。
 何行の何活用だか、活用形が何だか答えられないの。
 たとえいきなり質問されてようが、そんなのセンター試験もダメダメだろ?
「ムダだから、オマエは帰れ」って言った。
「文法の中の、動詞の活用も理解していないヤツが、ここにいるだけで邪魔だ。出ていけ」って。
 出ていかないから、襟首つかんで立たせて、カバンと一緒に廊下に放り出した。
 
 そしたら、次の日にまた居るんだよ。前の方に。
「オマエ、まだ居るの?」って言って、動詞の活用、訊いてみた。
 できるの。
 形容詞と形容動詞も訊いた。
 それもできるわけ。
 で、助動詞訊いてみた。
 それは、できなかった。
 だから、「帰れ」って、言った。
 しばらく間があって、ホント小さい声で「すみませんでした」って言って、教室出ていったよ。
 自信もプライドもある18だか19だかの男がさ、涙流しながら追い出されるワケさ。我ながら、ひでぇ〜なとも思った。
 
 受験の"神"は、神の中でも祟り神じゃねーかみたいに思ったヤツも多かったと思うよ。
 こりゃすごいオープニングだな、と思いつつ3回目に授業しに行くワケよ。
 教壇の真ん前の机に、ソイツが居るの。
 真っ青になって、震えているのが見て判るのに、それでも一番前に居るんだよ。ソイツ。
「オマエ、3度めの失敗は許されると思うか?」
「……思いません」
 ちゃんと、訊いたよ。
 「べし」の用法。
 そのあとに、「に」の識別。
 ものすごい雰囲気だった。カサリともコトリとも、物音ひとつしないの。
 そしたら。
 ちゃんと正解しやがった。助動詞も助詞も。すげーよな。
 大拍手だったよ。
「泣くのは合格してからにしろ」
 ソイツ、今もむちゃくちゃ頑張ってるよ。もともと他の教科は良いらしいから、今度の模試はかなり良い成績が出るんじゃないかと思ってる。
 
 
 そういうヤツばっかじゃぁないんだよね。
 いつだったか、少し前の年にけっこう成績の良いヤツが居たんだよ。問題をやらせりゃあ、ぱっとできたんだ。
 美人だからな、モテたんじゃないかとは思うけど、いかんせん我が強かったな。
 夏前に、授業中、化粧直していやがった。
 どうしたか、って、まあ、簡単に言うとビンタしたよ。出してた鏡も割っちゃうし、化粧品もそこらじゅう転がるし。
 あとはけっこうな騒ぎになったけれど、俺は気合い入れて授業やってるんだって言っていたら、違う講師のところに行ったらしい。
 でもそこでも何か問題起きたらしいし、生徒同士の人間関係で揉めて、どっかに居なくなっちゃったよ。大学合格者に挙がらなかったから、今はどうしているんだかわからない。
 
 
「こんなことがあったからさ、俺は授業を"受ける側"の問題だと思うんだよ。そうじゃないか? プライドをずたずたにされても、なお勉強しようとするヤツが居る。その一方で自分の非を認めることができず、どこかを適当にうろついた末に堕落していくヤツも居る。これが"受ける側"の姿勢でなくて、一体なんだと言うんだ?」
 
 うーむ、と考え込む。
「あんまり極論に過ぎるのも良くないと思う」
 他にもさまざま言ってみたが、青申はしばらく考え込んでいた。
 
「……そうじゃないんだ。まあ、いい」
 
 夜は更ける。

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