高3生は自宅研修期間なので、基本的には会わない日が続く。
 
 なのに今日はめずらしくクニブ君とシバタ君に会ってしまった。
 学校に勉強をしに来たのだと思い、朝は授業だったので声をかけただけで終わった。
 偶然、昼食時に学食でまた出会ってしまったので、わざわざ彼らのいる席に近寄ってしまった。
 「うわ、センセ来るの?」とか笑いながら言うので、「『うわ』とはなんだ、『うわ』とは」と、にこにこしながら言い返す。
 
 体調が悪そうな様子も特になかったから、軽く「ベンキョウどうよ?」と聞いてみると、彼らはずーんと暗くなってしまった。
 ふたりとも、受験してきた大学の不合格が、連続しているのだった。
 それも、受験慣れするために受けた大学の結果である。
 どうやら、勉強をするために登校してきたということも無くはないのだが、それよりも受験の結果がインターネットでも発表になるので、進路指導室のパソコンを通じて確認する、という方が主目的だったらしい。
 「つらいッすねー」
 「苦しいッすねー」
 ボクに笑顔を向けつつ、彼らは言う。
 
 軽く合格する予定の学校に落ちた。
 ましてこれからひかえている本命ではどうなってしまうのか。
 せめて笑うしかない、といった風情のふたりであった。
 さらにこれからクニブ君は、今日の午後に発表される結果を電話で聞く予定だという。

 かつて授業を担当した生徒たちの、こんなに大変な時に、わたしは何もしてあげられない。
 
 「そりゃあ誰だってそうだよ。自分の将来がかかっているんだから、緊張するモンだし、苦しくたって当たり前じゃないか。かえって何も感じない方がおかしい」
 わたしは言った。
 「そういうふるえが来るような緊張感の中で、みんな全力を尽くして合格していくンだよ。とにかくやるしかない」
 「『おれを合格させなかったら大学の損失だ』『おれを不合格にするなら潰れちまえ』って勢いで、全力を込めて答案を書いてくるんだよ」
 「できた、できないなんて気にしちゃいけない。全受験者の中で点数取った順から合格になっていくんだから。『おれもできたけどまわりもできていた』場合もあるし、『おれができなかったけどまわりもできなかった』場合がある。まず全力。次も、次も、次も、全力。ひたすらやったことをぶつけてくるんだよ」
 ボクがかつて受験する直前に、本のページを繰る時に指がふるえて次が開けなかったことがあったことも、話した。
 
 そうこうしているうちに、クニブ君の受験校の合否結果が発表される時間になった。
 事務室前の公衆電話に10円玉を押し込んで、音声案内に従って彼はボタンを押していく。
 
 女性の声の案内を聞き。
 無言で受話器を下ろして。
 クニブ君が振り向いた。
 
 「・・・・・・歴史は繰り返されてしまいました」
 照れ隠しか、苦笑しながら言った。
 
 「冷たいんだよな、あのオンナの声は」
 シバタ君も苦笑いしながら言う。
 「そうか、残念だね」
 わたしも言葉少なく、これしか言えなかった。
 
 沈黙が降りる前に、クニブ君が言う。
 「教室戻って勉強すっか」
 シバタ君が返事をする。
 「ああ」
 わたしも言う。
 「これからが本命なんだろ?がんばれ」
 
 笑って教室に戻っていくふたりを見送って、わたしは職員室に戻る。
 
 
 今、わたしは彼らの役に立てていない。
 ただ見守ることさえ、満足にできない。
 
 だから。
 せめてわたしは歯を食いしばって質の高い学習指導を目指す。
 未来のために必死な彼らに、いつかせめて顔向けだけでもできるように。
 しみじみ、自分の無力さを思い知ってイヤになる。

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