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2004年6月24日 学校・勉強
 1限め後に、突然鳴り響く非常警報。
 「3階から、火事です」と機械の音声が校舎すべてに流れる。
 
 3階職員室にいたボクは、急いで廊下に出て、何が起こったのか見て回る。特にどこかから出火している様子もなく、誰のイタズラか、半ばいらだたしい気持ちで3階を見て回った。
 廊下にあるどの非常ベルのランプも点いていない。続々やってきた教員たちも、何も判らない様子。
 
 訝しげに思ってうろうろしていると、自分のクラスが騒がしい。
 覗いてみると、あおざめた一人の生徒。
 それを遠巻きにするクラスメート。
 
 聞けば。
 友人と追いかけっこをしていて気に障ることがあり、思わず足で上履きを放ったところ、コントロールは狂いに狂って真上にあるセンサーにヒット。全校に騒ぎを及ぼすこととなったらしい。
 
 
 笑い話に類する事ではあるけれど、聞けば聞くほどあきれたのも事実。
 折悪しく、休み時間終了のチャイム。
 「また後で聞くから。とにかく授業に行きなさい」
 ボクにも他のクラスの授業があったから、言い捨てるようにそう指示していったん切り上げた。
 
 授業が終わってすぐに、ウチのクラスの生徒が呼びに来る。
 「センセ」
 呼ばれるままに行けばウチのクラス。
 「あの子、ずっとああだったんですよ」
 2限めの授業を担当した英語教員が、指し示して言う。
 見れば、例の生徒が机の上に突っ伏したまま。
 「あと、頼みますね」
 他の生徒は次の授業のために移動教室で、カギ締め係も困ったようにしている。
 「みんなは移動しなさい。カギもそのままでいいから」
 
 誰もいなくなる教室。チャイムが鳴って、3限めが始まる。
 光差す教室。エアコンの音が静かに鳴り続ける。
 「どうしたの? 悲しいの?」
 「ぼくは、ぼくは……こんなつもりじゃなかったんです……」
 背もたれを前にし、近くの席に腰掛けて、ボクは続く言葉を待った。
 「今日こそは、失敗しないようにしよう……そう思って」
 「そう」
 簡単に言えば、トラブルメーカー。「やれやれ」「困ったものだ」と思った時もこの3か月に少なからずあった。
 「1日静かに、今日は普通に過ごそうと思って……。朝読書はうまくいったのに」
 思い出した。青にりんどう。吉川英治文庫のしおり。広げている文章を追えば、『三国志』だった。やや意外に思った。
 「休み時間に遊んで……あんなことになっちゃって……」
 「悲しいの? くやしいの?」
 「自分で……自分が、情けない……んです……」
 「……消えられるんだったら、消えちゃいたい……」
 この子は、自分を責め続けて。
 ずっと、泣いていた。

 かつての自分を、思い出す。
 あまりにも不甲斐ない自分に、嘆いて苦しんで、悔しかった日々。
 姿形はまったく違うけれど。
 この突っ伏して涙を流している魂は、ボク自身だ。
  
 「消えちゃって、本当にいいの?」
 静かに、言った。
 「『こんなに情けない自分』で終わっちゃって、本当にいいの?」
 「大事なのは、『これから』だよ。悲しくて情けなくて、だけどここで止まっちゃったら、情けない自分しか残らないよ。いいの?」
 突っ伏したままの心に、淡々と言った。
 「キミは、ここで終わっちゃうの? それってとっても悲しくないか?」
 
 
 ボクは、情けないままじゃ終われなかった。
 だから、魂を削るようにして前進したいと願ってきた。
 その思いを、静かに投げ掛けた。
 
 
 起き上がってボクを見つめるその子に、言った。
 「『これから』良くなっていけばいいじゃないか。決意して、1時間めまでがんばれた。今度はもっと長く落ち着いているようにしようよ。段々、良くなればいいじゃない」
 「上履きだって、火災報知器にぶつかったくらいで良かったじゃない。人の顔に当たったら大変なことになっていたよ。蛍光灯に当たったらガラスが降ってきたんだよ。不幸中の幸い、ってヤツじゃん」
 「そう、思わない?」
 「……たしかに」
 「でしょ?」
 「……はい」
 くすり、と笑う。
 照れたような笑顔が、返ってきた。
 「誰かが馬鹿にするかもしれない。今回のことをあげつらうかもしれない。でも、耐えるんだよ。『今よりも良くなっている自分』になるために、自分で考えて、できるだけのことをするんだよ。ボクが支えてあげるから」
 「はい」
 「そうそう。そうでなきゃあ」
 頭をなでると、にっこり笑った。
 
 「じゃあどうする? 移動教室したところに行く? 英語の勉強しておく?」
 「英語やります」
 「じゃ、黒板をノートに書いておこうか」
 「はい」
 
 ボクは職員室からデスクワークを持ち込んで、その子は英語のノートまとめをした。
 
 チャイムが鳴る。
 「終わりにしよう。号令」
 戸惑ったようにしてから、その子は号令をかける。
 「起立」
 「気をつけ。礼」
 「ありがとうございました」
 「ありがとうございました」
 ボクもその子も頭を下げ、同時に頭を起こす。
 
 
 光差す教室で。
 にっこり笑った顔は、けっこう良かった。

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