行き先は何処へつながっている?

 4月後半以降5月最初まで、学級通信が滞ったことをおわびする。今までの2号は先週に出すべきものであったが遅れてしまった。
 「お便り出しなさい!」「もらってないって!」と、母と子でもめたご家庭もあったとか。家庭不和の種をまく学級通信なんていただけない。しのびない。

 年度初期の展望と状況が大きく異なっていたため、予定変更を行おうとして大幅に手間取ったことがその原因である。
 
 言い換えよう。
 「宿題や課題がきっちり揃わないのでドタバタしていた」のである。
 (ああ、いやな話だ。けれど各ご家庭で知っていただくべきことだから、書かなくてはならない。これきりで済ませたいものである。)

 せきねには、「学級担任としての仕事」と「教科担当としての仕事」と「生活指導係としての仕事」と、大きくは3つの仕事がある。

 ゴールデンウィーク中に、「漢字検定対応問題集」4ページを宿題として出した。
 確認のテストをした。設問はすべて問題集そのままで。
 甘くして、70点を合格ラインにした。
 各クラス37、8人で、15人以上の不合格者が出た。4ページの範囲で。
 不合格の者に、漢字練習をしてもらった。もちろん不合格者全員にやってもらわなければならない。漢検本番であっさり落ちては困るから。
 ひとりひとりピックアップして確認していった。

「国語よりも宿題の大変な教科があるのだろう」とも、少しだけ思っていた。
 毎日「勉強が大変だ」と言い続けている姿を見てきたから。
 ひょっとして、実情は全然違うのではないか、と思いはじめた。
 数量、図形、英語、社会、理科。「ウチのクラスはどうですか」と尋ねに行くと、1回目の期限で宿題を回収できるのは多くて20名、あとはバラバラと遅れて出てくる、という。

 提出日です、と言われてから宿題に取りかかるのか。
 出せ、と言われるまで忘れたふりをするのか。

 これで「良い成績になる」なんてできるわけがない。
 学力向上のために考えて出された指示が、行き渡らないのだから。
 これで「部活動を盛んに」なんてできるわけがない。
 放課後講座をなくして勉強時間を削ったら、今の成績でさえ望めなくなるのだから。

 職員室から飛び出して、教室や、昇降口や、中庭に居て君たちの姿を見、「良き中学生活」「明るく朗らかな中学生活」はどうしたらいいか考え続けてきた。
 
  学校というシステムの良いところとは、「集団での学び」これに尽きる。
 
 同年代の人間が集まって、短所を直し、長所を伸ばしあい、かけがえのない人間関係をつくる。一生付き合う友人と出会う。好きな人ができることもある。先輩のかっこよさに感動することもある。後輩に熱意を込めて、懇切丁寧に接することもある。

 ひとりではできないことを経験する。
 スポーツデイや体育大会。合宿や旅行、フィールドワーク。文化祭。合唱祭。ひとりひとりの力を合わせて、協力しあうこと、連携することの大切さを実感する。
 そして。

 ときには競い合って、知識を身につける。
 友人同士で試験の点数を「勝った」「負けた」と言って楽しそうにしている者がいる。
 国語でただ代名詞を学ぶだけでも、どんどんと各人の知っている言葉が集まった。
 英語劇では、グループごとにおもしろさを競ったと聞く。
 各教科で、それぞれのドラマがあるのだろう。

 どれが欠けても、学校ではない。
 なのに今、大事なものが失われかけている。
 それに気付いていない者がいる。

 もちろん、そうでない者も多い。
 日々誠実に授業を受け、ほとんど忘れ物をせず、宿題も期限に間に合わせ、塾や習い事などを行っている者も、せきねは知っている。

 今のうちならば、直すことができる。
「人生80年」の夜明けのために、充分な準備をすることができる。
 そのために気付いたことはどんどん指摘していきたい。
 皆でより良く前進するために、考えていることはどんどん提案してほしい。

「意見を言わない」「見て見ぬふりをする」というのが一番いけない。
 これは保護者の方々にも、よくよく心していただきたいことである。

 中学生・高校生で喫煙をするようになる。これは、タバコを持っているのを見つけても、何も言わないからである。
「出会い系サイト」の犯罪に巻き込まれるようになるのは、携帯電話の適度な利用を通り越し、使用料金が多くなっても「まあいいや」と思うことから始まるのである。
「インターネット上でのトラブル」に遭うのは、信頼できないサイトを閲覧するからである。アダルトサイトを見ているのを知っていて、パソコンを禁止しないからである。
 夜にコンビニ前でたむろしている若者と会えば、事件に巻き込まれることもある。門限もしくは夜の外出についてのルールがなく、不用心に外出するからである。
(以上のことについての詳しい話は、保護者会で話すかもしれないし、後に文章にするかもしれない。)

 誰でも、「あの時は何をしていたんだろう。自分でもなぜだかわからない」ということがあり得るのだそうだ。だから、気付いた誰かが「良くないことは良くない」と言わなければならない。
 
 慈 無くして詐り親しむは 是れ彼が怨なり
 相手を思う心が無く、いつわって親しいふりをする。
 これはその者の敵である。
 
 ただうわべだけ親しくしているのは、人を危険におとしいれる卑怯な姿なのである。
 
 ともどもに、向上のためのあらゆる手だてを尽くしていこう。

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