特活中心の午前中授業が終わり、のんびりと帰ろうかな、と思っていた頃。
 高等部の和太鼓部員たちが廊下でうろうろしていた。
 知らん仲でもないし、中等部の子たちがお世話になっている。
 だから、「調子どう?中学生よろしくね」って声を掛けた。

 笑って返事をした高校生たちは、ふと言ってきた。
 「センセ、中等部の多目的ホールを借りられないですか?」
 聞くと、普段活動していた部屋が改装工事で使えなかったり、健康診断の会場となっているが教室が近くにあって「どこか他で」と言われてしまっていたり。部活動紹介や演奏会が直前のこの時期に、練習する場所がないのだそうである。
 折悪しく放課後。施設の使用許可を出すべき責任者はおらず、そもそも顧問のコイヅミ先生は合宿の引率で不在。さらに多目的ホールは明日の使用のために設営がされた状態であった。

 「どうですかねぇ」
 まわりにいた教員に言ってみても、はっきりとした返事もなく。

 試合でも発表でも、直前に準備ができなければつらかろう。
 自分たちの最高峰を以て臨みたい、そんな思いで部活動に打ち込む生徒たちを、それこそ何百人と見てきた。
 結果泣くにせよ笑うにせよ、その気持ちは何物にも代え難い。

 「ま、おれが臨時に責任者になればいいッスよね」
 はっきりとした返事がないのをある意味逆手にとって、カギをさっくりと高校生たちに預けた。
 「部屋のモノを壊さないように。モノを動かしたら元通りに。せきねの立場がマズくならないようにしてくれると、うれしいな」
 ホントに駆け出しそうに喜んで、高校生たちは去っていった。

 しばらくして。
 ほとんど人のいない中等部校舎に、雄壮に響く和太鼓のリズム。

 途中おそるおそる「もう少し練習してもいいですか?」と言いに来たりもして、19時過ぎまでのんびりと仕事をした。

 がらんとした職員室に響くぐらい、何度も「ありがとうございました」と言って、彼らは帰っていった。
 念のため部屋を見に行ってみると、動かした机・椅子も、きっちりと元に戻っていた。
 
 
 表向きはせきねがカギを貸し、その間にもし万が一のことがあっても責を負う、と言ったことになる。たしかに、まあ事実だ。
 けれどもただそれで終わり、ということでもない。

 彼らには、ささやかな運と積み重ねた実績があった、ということだ。
 たまたま練習場所を探していた時に、アバウトなせきねと出くわした、ほんの少しのきっかけ。
 そしてそれに、誠実に活動を続けていた振る舞いが重なった。

 もしかりに、彼らが部室にこもってばかりで練習に熱心でなかったら、臨時の活動場所を提供する際に異を唱えた者が出たかもしれない。
 また、もし普段の振る舞いがいいかげんで教員や周囲の者の反発を買うようであったならば、やはり信頼は得られないであろう。

 天は、自ら助ける者を助く。
 この場合の「天」とは、人外のものを指すのではないような気がする。一波が万波を起こすように、己のひたむきさが周囲にいる者や環境を動かしていくのではないか。

 そんなことを、暮れる空を眺めながら考えた。

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